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第五話 暗躍する令嬢、スターチス



 王城のテラスから森を抜けた先に、来賓館がある。


 城を訪れた貴族達をもてなす場所で、主に来客の宿泊用に使われる。

 今日は竜討伐をした祝いとして貴族たちが遠出で城に集まり、この来賓館に泊まる予定だ。

 現在、皆が王城で祝宴を挙げているおり、誰一人いない、はずだった。


 誰も居ないはずの来賓館の裏口で、一人女が立っている。


 表情は硬く、目つきは鋭い。見るからに近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。彼女は誰かを待っているようで、せわしなくヒールをコツコツ鳴らす。


「お待たせいたしましたスターチス様」

 

 それは、スターチスだった。

 スターチスは、後方からした野太い声の方を振り返る。


 彼女の待ち人だ。

 見るからに恰幅のいい男で、王城に場違いな商人の衣装を身にまとっている。


「遅い。商人なら商人らしく客と約束した時間に来なさい。もちろんあの薬は持ってきたんでしょうね」


 商人の男は、おもむろにかばんから小瓶を取り出す。

 いかにも、といった具合で、その小瓶の中の無色の液体が、タポンと揺れた。


「申し訳ありません、見張りの居ない時間を見計らってきたので遅れてしまいました。これが例の薬で――」

 

 瞬間。

 男が言い終わる前に、森からパキリと木の枝を踏むような音が聞こえた。


「だ、だれだ!」

 商人は震えた声で、慌ててかばんの中に手を伸ばす。


「あ、あのどちらさまですか?」


 森から出てきたのはこわばった表情のロイスだった。

 片手にランタンを持ち、その明かりがロイスの顔を照らし影を作った。


 ――見られた。

 商人の体にいやな汗が吹き出る。ベタベタと上着を濡らすには十分な出来事だった。


「メイドか、可哀想だが見られた以上生かして返すわけには…」


 言うが早いか、かばんからナイフを取り出す商人だったが、次の瞬間、唖然とすることになる。


「ウフフ」


 ロイスの表情は次第に形相を変え、笑いを抑えるような表情を浮かべる。

 次第にいたずらじみた笑みに変化した。

 笑い声はそれだけではなく、商人の後ろからも聞こえ始める。

 スターチスのものだった。商人が振り返ると、また彼女も不敵な笑みを浮かべていた。


「元気だった?ロイス」


「ええ、それはそれとして、少し用心が足りませんわ、スターチス姉さま」

「あなたこそ、あの驚いた顔は何、笑いをこらえるのに必死だったわ」


 二人が再開を喜び合い、抱きしめあう。

 それが、さらに商人を混乱させることになった。状況が全く呑みこめず二人を交互に見る。


「驚かせてごめんなさい、彼女は私の妹のロイスよ。久しぶりでしょ?数年前から使用人としてリコエッタ姫やアンジェ姫に仕えている」

「私のこと忘れちゃいました?」


 顔を上げ、ロイスはぺろりと舌を出した。

「君は…あの時の子か」


 商人はつばを飲み込む。ロイスのことを思い出していた。

 心当たりがあった。

 使用人用の服に身を包んではいるが、確かにあの時の子だった。


 出会った時は、まだ年端も行かぬ少女の時だった。

 彼女が現れたということはとうとう、始まる、ということなのだろう。


 …彼女たちの暗殺の計画が。





 商人がスターチスとロイスに出会ったのは10年前のことだ。


 闇マーケット。

 家族の血を引く彼女たちが借金の担保として競売にかけられた時、その場に居合わせたのがこの商人だった。


 薄暗い商館で競られ、連れられてきた二人はその場に似つかわしくない、凛とした様子で、ニコニコと笑顔の父親とは裏腹に、スターチスは会場の客をにらみつけた。ロイスはまだ何が行われているのかわからず、ただ不思議そうにあたりを伺う。


 精一杯の虚勢だったのだろう。

 遠巻きから見ていた商人は、彼女の手が震えているのに気付いた。

 そのけなげな様子は商人の同情を引いたが、同時に良くある話だと、あっさりと見放した。


 スターチスとロイスは商人の娘だったが、その父親は、爵位の無く、貴族のなりそこないのような男で、王と遠縁で血がつながっている豪商だった。そして彼女たちが売られたのは、その父親に原因があった。


 王族との血縁であることを鼻にかけ、こすい商売をこなし、その金で豪遊する。毎夜ふらふらと賭場に出入りし、賭け事にいそしむ。日が出る頃に家に帰る生活を送っていた。


 そして、酒が回るとたびたび子供に手を上げることもあった。

 母はと言うと、似たもの夫婦という言葉があるように、外で男を作り、夫が賭け事をしに行くのを見計らい家を出て行く始末だった。


 二人の面倒はほとんど使用人がしている。


 たまに家に居るとき、子供たちが泣くと「貴方達は王族の娘だから泣くな」としつけた。母親にとっては躾のつもりだったが、それが皮肉にもスターチスとロイスの運命を決定付けた。


 二人は自分たちこそが王族の、それも由所正しい貴族だという妄執に取り付かれることとなる。

 いつの日かその玉座に自分たちが座るべきだと。


 今の境遇は運命が自分を試すため、神が与えた試練だと考えるようになった。


 そのうち母は外の男と家を出て行った。


 父親はそれ以降さらに賭博にのめりこむ。借金はどんどん膨れ上がった、そして彼女たちが競売にかけられるのは時間の問題だった。


 競売を終え、彼女を買ったのはいかにも悪そうな顔の貴族だ。

 下種な笑みを浮かべ、近くには若い女を数人はべらせている。

 そんな男が高貴な血を引いた娘を買えば何をするのか、誰にだって想像はつく。


 商人は二人のことをついていないと思ったが、そういう相手と商売をしているので文句も言うつもりもなかった。

 それで、その競売は終わった。

 商人と、スターチスを結びつけたのは、その後だった。


 商人が商館を出ていこうとした時、スターチスに声をかけられたのだ。


 近寄ってきた彼女は、周りに居た大人たちに取り抑えられる。地面に這いつくばってなお、それでも、自分の足元まで必死に近寄る彼女に、商人は興味を持った。


「私の顧客が世話になる子だ。少しばかり話をさせてくれ」


 商人そんな嘘をついた。

 はっきりいって気まぐれだった。

 こんなどこぞの生娘が何をするのか、何ができるのか、興味があった。


 彼女に毒を売ってほしいと耳打ちされた。

 案の定といった内容だったが、商人は彼女に気まぐれで毒を売った。あの客人が気に入らなかったのもあるが、なんとなく面白いことになりそうだと、その時商人は思った。

 

 実際、そうなった。

 数年後、スターチスはその貴族に毒を盛り、家を乗っ取ることになる。

 今では、立派な貴族だ。


 商人が彼女と再会したのは、つい数年前だった。

 他人を蹴落とし成り上がり、高位貴族になった彼女と再開した。

 

 彼女から払われた金は普段の顧客からとは比べ物にならないほど、何十倍にも膨れ上がった。

 その後も、彼女に頼まれ、何度か毒薬を渡していた。


 そしてつい最近、彼女に計画を聞かされた。


 王の娘、アンジェとリコエッタたちを毒殺する計画だ。


 娘たちを殺せば自分たちが王の親族だと名乗り、その玉座をいただくと、彼女はそう言っていた。

 周辺の貴族たちにも根回しはしているし、問題はないと力説された。

 成功するのは半信半疑だったが、以前の成功に目がくらんだ商人は、快く引き受けた。


 幸い彼女たちはあの時のことで自分に恩を感じているらしく、せいぜい利用してやろうと、商人はほくそ笑む。どうせ、なにかあればトカゲの尻尾きりをすればいい、そんなことを考えながら。

 こうして商人はスターチスの計画に加担することになった。





「これが成功すれば、私たちは玉座を手に入れる。絶対成功させるのよロイス」

「この薬は服用を続ければ、だんだんと体が悪くなり、最後には死にいたります。即効性はないですが、無味無臭ですので、混入は楽かと」


 商人は手元の小瓶をロイスに渡し、薬の説明を始めた。真剣な面持ちのロイスは小瓶をスカートのポケットに入れる。


「ロイス、うまく立ち回って。娘たちが死ねば、次の後継者は私たちになる。必ずうまくいく」

「はい」


 彼女にとってアンジェ達は目の上の瘤でしかない。

 なかでもスターチスにとって、アンジェは彼女のコンプレックスを刺激するには十分の存在だった。


 本物の血統、本物の気品、本物の優雅さ。


 自分の持っていないものを全て持っている彼女の場所を一刻も早く、奪ってやりたい。

 暗く蠢いた感情をいつもアンジェに抱いていた。


 だが、同時に彼女には決して手を出さないように努めた。

 彼女は危険だ。

 ロイスの話では自分と同じような企みをしている者たちに脅しや報復を行っていると聞いた。


 ここは堪えて、まずは妹のリコエッタをターゲットにしなくては… 


「実はそのことで、一つ相談があるの……」

 スターチスと商人はロイスを見る。




 ロイスは口を開き、スターチスにあることを提案した。その提案はスターチスを満足させるには十分なものだった。




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