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第四話 テラスでのいざこざ


 その夜、ラングランド王城の大広間で、竜討伐の祝宴が開かれることになった。


 数十名の貴族やその令息令嬢たちが宴の席に集う。

 その倍の使用人たちが、テーブルからテーブルにせわしなく料理やワインを運んでいた。


 小さな丸型のテーブルの上には羊などの肉料理が並ぶ。

 個々のテーブルを数人で囲み、食事やワインに舌鼓をしたり、気が向けば別のテーブルに移動して会談する。

 現代風でいうところの、ビュッフェ方式をとっている。


 旧知の仲で集まって談笑したり、奏者の演奏を楽しむ。

 新興貴族たちは、王や地位の高いものに挨拶回りもしていた。


 今回、なかでも際立っていたのは、竜を討伐したシオンの席だった。

 大勢の貴族たちがシオンを囲み、竜を倒したことを褒め称える。

 

 曰く勇者のようだと。

 

 民衆から彼はそう噂されており、そしてその呼び方は貴族の間でも浸透しつつあった。今回ご機嫌取りや彼に取り入ろうとする貴族は、半信半疑だとしても彼をそう呼んだ。


 一方、王はというと、シオンとの挨拶がすむとさっさと古い友人でテーブルを囲み、思い出話に浸っている。

 古い戦争の話だ。


 その話を始めった時、側にいたリコエッタはうんざりとし始めた。

 父にこの話をされるのはリコエッタが社交界に参加し始め、数えて20回程となる。


 そのたびに昔付けられた腕や足の傷を見せられた。

 袖を捲くり、ゴワゴワな毛深い手足も一緒に嫌というほど見た。

 はしたないので控えてほしいと何度か言ったが、その場でうなづくばかりで、効果はさほどなくリコエッタはあきらめていた。


 姉のアンジェというと、父の話が始まると、気付かぬうちにどこかに消えていた。

 きっと友人たちと談笑でもしはじめたのだろう。一刻もはやくこの場を離れたいリコエッタは、うまいこと抜け出した姉を参考に、似た提案した。


「お父上、私、外の空気を吸ってきます」

 機嫌の良い王は二つ返事でいいぞと答え、リコエッタはさっさと外のテラスに向かった。





 リコエッタはテラスにたどり着くと、使用人から受け取った葡萄ジュースを飲んでいた。

 テラスにはリコエッタ以外おらず、静寂と、たまにする虫の鳴き声に聞き耳をたて、一人夜景を楽しむ。


 今居るテラスは、庭園の反対側に位置し、数百メートル先は森になっている。

 そこで普段貴族たちは余暇に動物狩りや乗馬を行う。

 城の近くの森については、魔物が駆逐され安全に狩りが出来た。


 そして森の奥で貴族たちや貴婦人が密会に使っているとの噂も、リコエッタは聞いたことがあった。

 

 夜景を眺めていたリコエッタは、ふとそのことを思い返す。

 この雰囲気がまるで台無しになってしまったと、くすくす笑う。


 リコエッタは夜風を浴びながら、先ほどの祝宴のことを回想していた。


 結局シオンとは、一言挨拶を交わす程度で、緊張して話もしていない。

 すぐに彼の席に貴族が群がり、リコエッタは追い出される形で自分の席にスゴスゴと戻っていった。


 まぁ、まだ彼と話をする機会はあるし、その時に彼の人となりを知ればいい。

 リコエッタは悠長な気持ちで構えることにした。

 まだ時間はあったし、人が居ないほうが、本音で話せるだろう。


「リコエッタ様」


 しかしそれもつかの間だった。

 すぐに思いを馳せていた、その当人に声をかけられることになる。

 シオンだった。


 リコエッタは振り返えると、シオンドア越しに立っており、あわててお辞儀をくりだしてきた。

「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ、シオン様」

「は、はい!」


 カチンコチンに緊張しているシオンを見て、先ほど会話せずに帰った自分がバカみたいだとリコエッタは軽い後悔を覚えた。


「本日の主役がこんな所に来ていいのかしら」

「皆さんに挨拶を済ませました。リコエッタ様とどうしても話がしたくて追ってきたのです」

「ふーん、そう」


 言葉とは裏腹にリコエッタの口元が緩んだ。


「さきほどは突然のご無礼申し訳ありません」

 直後、シオンが頭を下げた。

 リコエッタは、その意味を考える。きっと先ほどの婚約の話で、リコエッタの名前を出したことを謝っているのだろう。でなければ、それ以外に彼と接点という接点なんてないはずだ。

 そのことで私が迷惑に感じているとと思ったに違いない。


「気にしないで、父も悩みが一つ消えて、胸をなでおろしている頃だから」


 夜風に浴びて冷静になったせいもあるかもしれない。その言葉を告げる最中ある不安がリコエッタの脳によぎった。

 

 不安というのは、シオンの自分への求婚は本人の意図によるものではないという可能性だ。貴族たちの誰かに頼まれたり、何か別の意図があるのかもしれない。

 でなければ、自分なんかにあんなことを言うはずがない。


 そう思った、彼女はシオンの目を見据え、唇を開いた。


「………私もあなたに一つ聞いておきたいことがあるの」

「なんでしょうか」


 その時、テラスと城をつなぐ扉が開いた。


「――ここにいたのねリコエッタ。シ、シオン様も先ほどぶりです」

「お、お姉様?」

 現れたのはアンジェと取り巻きの貴族だ。

 彼らの登場に、リコエッタは小さく顔をしかめた。

 なんて間の悪い、姉に悪気はないとはわかっていても、恨めしく感じてしまう。


「何か、御用でしたか?」

「私達、明日奥の森で鹿狩りをすることになったの。二人もご一緒にいかがかと思って」


 語気が強くなっていたリコエッタと比べ、アンジェの声は上ずっていた。


 また彼女の透き通るほほは、普段の白色とは違い、赤みがかっている。

 この宴の雰囲気にあてられたのか、それともシオンに会ったせいなのかは当人しか知りえないことだが、その当人ですら、わかっていないのが一番の問題ではあった。


「竜を倒したという実力。伝聞ではなく、この目で見てみたいものですな」

「ええ、ええ」


 アンジェの後ろにいた取り巻きたちが騒ぐ。

 その一人が前に出て、アンジェの隣に立ち、口を開く。

 ダンだった。


「私はぜひ、竜を倒したシオン殿と腕比べをしたいと思います」

「貴方は…」

「私はクロスベイン卿の息子、ダン。貴殿のことはかねがね聞いている。使用人たちが噂していたよ」

 ダンは握手を求め、シオンもそれに答える。

「こちらこそダン殿。お会いできて光栄です」

「それでどうだ。明日の鹿狩りだが、貴殿も参加しないか」

「いえ、私は……」


 シオンは答えに詰まっている様子だった。

 

 何か不都合でもあるのかと、リコエッタはじれったい気持ちになる。

 竜の首を護送中、彼を護衛した兵士達は口をそろえて、護衛がいらなかったというほどの武芸ぶりだと聞いていた。

 彼は確かに言葉を濁したが、実力がないせいではないと彼女は感じる。

 だからこそ何故、言葉を濁したのかリコエッタは気になった。


 それに、そんなことをすれば。


「やらないなんて言うなよ」

 さきほどの貴族の社交辞令でもなく、鋭い言葉をダンは投げかけた。


「使用人たちが話していた噂というのは、貴殿が竜の頭を横取りしたかもしれないというものだ。何せ貴族だというのに。徒党を組まず竜を倒したらしいな。弓の名手というのも信じがたい。本当に実力があるのなら、我々貴族の大会に参加すればいいものを」


 ざわめく貴族達とは対照的に、リコエッタは、やはりこうなったかとため息をつく。


 ダンの言葉には挑発の意図がこもっていたし、明らかに彼に対する対抗心によるものだ。


 その理由をリコエッタは知っていた。

 ダンはアンジェに惚れているのだ。


 アンジェの方は彼の好意を知ってか知らずか、いつもそ知らぬ態度を取っていた、そこにシオンが現れ、先ほどのアンジェ自身の発言だ。焦りもするだろう。


「ダン様!何を言っているの!」

「非礼を言った事は詫びる。だが貴殿の実力が本物なのかどうか…知りたいのは、何も私だけではないぞ。そのことよく考えていただきたい」

 アンジェの抗議に、ダンは涼しい顔をしてその場を去る。

 テラスにはリコエッタたち含め10人ほどの人間が残されたが、皆押し黙り、沈黙が流れた。


「ごめんなさい、シオン様。ダン様に悪気があるわけでは無いの。彼のお父様は竜討伐の遠征軍に加わって帰ってこなかったから。自分が父の敵を取る気でいたのよ」

「そうですか、そのような事情が」


 ためらいながら、アンジェは罰が悪そうにし、シオンの瞳孔がわずかに揺れる。

(それだけが理由ではないんだけど…)


 まじめな表情でダンを擁護するアンジェを見て、やはり姉はダンの気持ちに気付いていないことを認識させるのは十分だった。


 ただそのほうが残酷に思えた。


 ダンは姉への想いからあんな暴言を吐いたのに、姉は気付きもしない。

 リコエッタはダンがちょっぴりだが、哀れに思えた。


「私達もそろそろ中に戻りませんか?やはり、外は冷えますね」


 さきほどの気まずいやりとりもあり、皆ぞろぞろと城内に戻り始める。

 テラス越しの夜の森は再びシンと静まり返った。



 リコエッタがテラスを去る間際。

 森の奥でランタンの光がかすかに灯っている様な気がした。


 凝視してみたが、今度は明かりは見えない。


 やはり、リコエッタは気のせいだと思いなおし、その場を後にした。





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