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第三話 アンジェの初恋




 最上階にある自室の窓辺から、リコエッタは外の景色を眺めていた。



 ここから下にぞろぞろと連なる城下町を見下ろすのは幾分楽しかった。人の活気を見たり、生活に思いを馳せたり妄想をするのが子供のころからの趣味だったからだ。


 そしていつかの日か、自分を愛してくれる王子様が現れて、この場所から外の世界に連れ出してくれるのではと、夢想したりもした。


 ただ、今日、リコエッタが外を見たのはそういった理由ではない。


 外から聞こえる喧騒が気になっていたからだ。王城と町は幾分離れており、これまで外の騒ぎがここまで聞こえるということはパレードの日以外なかった。


「なんて数の人…」

 城下町に集う人波を見て、リコエッタは思わず呟いた。


 夕暮れのラングランド王国。


 その城下町は普段とは打って変わり、ありえない数の人に溢れかえっている。

 夕暮れになれば、照明のないこの時代、皆家に戻り町はガランとするものだが、今日は違う。


 町には大勢の人で、溢れかえっていた。


 そしてその人波の中心に、円形で囲まれた空間がポカンとあいている。

 その中心に棺おけ(おそらく竜の首が入っている)らしきものが存在し、それがこの王城へと向かっていた。ものめずらしさなのか、後続につづく人々がえさに群がる蟻のように、群集の波は町の入り口から城門まで続いていた。


 そして集団の先頭には一人の男が歩いている。

 ここからでは顔は視認できないが、彼が竜を倒した男なのだろう。


 数日のうちに結婚が現実のものとして行われることを実感し、リコエッタは少しだけ憂鬱となった。





 勇者はすぐに城に訪れ、数十分の後、皆が会議の間に集った。

 

 彼を待つために、部屋の奥には玉座には王がすわり、右隣にはアンジェ。その反対にはリコエッタが立った。囲むように貴族達が並ぶ。


「王よ!シオン殿が参られました!」

「うむ、通せ」


 扉の横に立つ兵士が声をあげた。

 王の返事とともに、静寂な一室で、ギイギイと、扉が絨毯を引きずる音が響く。


 リコエッタは内心緊張は大きくなるばかりだった。

 やはり、自分の婚約者となる人物が気にならないわけがない。それに竜をその手で倒したのだ、どんなゴロツキや怪男児なのか、興味もあった。

 

 勇者が扉を開けた。

 緊張しているのか、ゆっくりと一歩一歩少しずつ進み王の足元でひざまずく。


「お招きいただき光栄です王よ。シオンと申します」

「面をあげよ」


(彼だ。彼がシオンだ)


 シオンが顔を上げた時、リコエッタの頭にある疑問がよぎった


(さっきの棺おけはここに持ってこないのか)


 というこの場にいつかわしくない、ひどく場違いなものだ。

 リコエッタの彼に対する第一印象は、そのどうでもいい興味が優先されていた。


 彼、シオンは、ロイスの言っていた通り顔立ちは思っていたよりも整ってはいたが、平凡な雰囲気の垢抜けない印象だ。


 実は貴族ではなく農民だと言われてもリコエッタは信じるぐらいだったし、彼の体が貴族とは打って変わり、農作業でもしているように筋肉がついているのもその考えに拍車をかけた。日に焼かれた黒髪とやや浅黒い肌もアメジスト色の瞳が特徴的で、少なくとも夜明けまで社交界を催し、朝方に青い顔で自宅に帰るような貴族のものではない。


 この会場にいたものは、異口同音はあれど似たようなことを考えていた。

 リコエッタも、王も、貴族たちも、皆シオンのことを品定めするのに夢中だった。

 

 ――そして彼女の姉、アンジェの変化に気付くものはいなかった。


 彼女はシオンを一目見て、まるで電に打たれたように固まっていた。

 平時に皆が彼女の様子を見たら、心配で声をかけただろう。

 それほどアンジェの様子は異様だった。

 まるで一目惚れした乙女のように、彼女は彼を見ていた。


「討ち取った竜の首は騎士団長に渡しました」

「ご苦労であったシオン。貴殿の活躍で、この国を悩ませる竜が退治された。真に感謝している」

「ありがたきお言葉。これも王、そして国の守り神のお導きがあってこそです」

「この国の王として心より礼を尽くそう…して早速で悪いが、婚礼の事で相談があるのだが…」


 言いよどむ王の姿はリコエッタにとって新鮮だった。


 父の隣で、姉と共に父が政治や部下に指揮する姿を見てきたが、こんな困惑する姿を見たのは、とある国の王子が姉に求婚して、ラクダを町に300頭連れてきた時ぶりだ。


「厚かましいとは存じますが、その婚約のことで一つお願いがございます」

 だが、シオンは王が言いよどんでいるうちにある提案をしてきた。


「……うむ。申してみろ」

「ある人と、結婚したいと思っております」

 リコエッタは、どうせ姉のアンジェと言い出すのだろうと、高をくくった矢先――

 直後リコエッタはシオンと目が合った。



「婚約にはこの国の美しい姫とありました。私はリコエッタ姫との婚約をお願いしたく参上致しました」


「えぇ!」

 ざわめく貴族達に比べて、飛びぬけてリコエッタは大きな声をあげる。


 なにせ、彼は姉の名を言うものだとばかり思っていたから、こんな展開になるとは想定していなかった。 

(何を言うの?!この人は)

 皆の視線が一斉に、声をあげたリコエッタに向かう。


「…あ、し、失礼しましたわ」


 リコエッタはすぐさま、扇子で顔を隠す。

 顔の温度が高くなって、頭から湯気でも出ていやしないかと、不安を感じていた。それぐらい、リコエッタは驚いていた。見物人だと思っていた自分が急に舞台に引きずりだされたような感覚だった。


 彼は何故姉ではなく、私を選んだのか、それも自分の意思で?と疑問ばかりが頭に浮かんだ。

 彼の顔をもう一度良く見ると、先ほどよりも、なんだか精錬とした顔つきに見えてきた。


「……そうか。結婚とは家と家とを結ぶもの。とはいえ、今回の件は例外的な話でもある、私もできる限り二人の意図に沿う形にはしたい。どうだろう一度わが娘リコエッタに意見を聞いてみるのは」

「王よ、おっしゃる通りでございます。まずはリコエッタ嬢にお聞きしたい。俺でいいのかどうか…」


 シオンの言葉の直後、王の視線をリコエッタは感じた。

 きっと返答を待っているのだろう。


 さきほどの会議の事もある。茶番以外の何物でもなかったが、父の言葉に賛同しようと、リコエッタが口を開いた直後――


「お待ちくださいお父様」


 アンジェの一言で、会議の間はぴしゃりと静かになった。


 今度は皆がアンジェを見つめる番だった。

 リコエッタも驚きのあまり、二つ隣の姉を見つめた。何を言うのか皆目見当もつかなかった。


「彼は竜を倒したもの。それ相応の報酬がなければ、他国に示しがつきません。そのためにも長女である私が結婚するべきではないでしょうか」


 真面目な表情でアンジェはそう告げるものだから、貴族達はふたたびざわめきだす。

 皆驚いてはいたが、直後、一番驚いたのはほかならぬアンジェ自身だ。

 彼女は口元に手をそえ、何を言ったのか良くわかっていないといった様子であたりを見回した。


 リコエッタにとっても、姉の言葉は理解しがたいもので、本当に慌ててしまった。

 議論の場では父がほかの貴族と意見が違えたときなども仲裁役を買ってでて場を収めるなど、少なくとも場に波乱を生むような発言はしない人だ。


 また、姉が彼に恋をしたのかとも考えたが、それはありえない。


 確かにシオンは見てくれは悪くないが、姉の周りには彼以上の美男子たちがいつも周りを囲んでいたし、こういってはなんだが、様々な男たちに言い寄られ、男慣れしている人だと、リコエッタは認識していた。 

 ――まさか、自分ではなく私に求婚したのが気に入らなかったからか。


 いや、姉はそんな人ではないと、リコエッタは自身の嫌な考えをさえぎった。

 最近でこそ関わることは少なくなったが、幼い頃からいつも姉に助けられてきたし、何かあればかばってもらっていた。


「王よ、私からも提案があります。婚礼の取り決めには時間が必要ですし、どうでしょう、シオン卿に王城で少しの間暮らしていただき、その後アンジェ様とリコエッタ様、どちらと結婚をするか決めていただくのはいかがでしょうか」


 そこに古くから王に仕える公爵が一歩前に出た。

 いかにも重鎮といった面持ちの彼は、心から王に仕え、国を思う者だからこその発言だった。

 アンジェの婚約に反対する貴族は多いが、貴族たちも一枚岩ではない。

 公爵はさらに言葉を付け足す。


「さらに今、国は竜の被害で疲弊しています。民衆はアンジェ様が描かれた立て札を見て、竜討伐に出向いたものもいます。この婚礼が私達の勝手で決めたと考えるものもおるでしょう。それこそアンジェ様の言うとおり、周辺の国からの信用も地に落ちてしまいます」

「ふむ」

「まずはシオン卿にここで暮らしていただき、お気持が変らないということであれば、リコエッタ様を選んでいただければよいかと」


「なるほど一理ある…どちらにしても一朝一夕では決まらんな。彼の言うとおりシオン卿には少しの間ここで暮らしてもらい、改めて答えを聞こう。まずは長旅で疲れたであろう。少し休まれよ。祝宴は夜開く」



 ◇



 こうしてシオンの謁見はひとまず終わりを迎えた。


 皆が解散し会議の間を出て行く中、ただ一人、アンジェは歩みを止めた。


 どうして、自分は先ほどあんな発言をしたのか、その疑問がアンジェの脳内を巡回していた。

 先ほどのあれは文字通り、口が勝手に動いていた。

 父や妹に迷惑をかけるつもりもない。


 「シオン様……か」


 一度、彼のことを思い浮かべると、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 顔がほてり、思考が取り留めのないものだった。

 この感情は一体なんなのか。

 これは、もしかしてスターチスの言っていた恋なのかもしれんない――


 いや、自分はそんな乙女でもないだろうにとアンジェはすぐに苦笑した。

 今までの人生でこんなにも感情が揺れ動くことはなかった。


 これまで、もしかしたら似た様なことはあったのかもしれないが、必死に生きてきたせいで気付くことはなかった。


 アンジェは幼い頃に母を亡くしてから、母の替わりとして国を、妹を守らなければいけないという責任感を持って生きてきた。


 隙を作らないように生き、そしてその選択は正しかった。


 これまで仲良くなった貴族たちは皆腹に一物抱えていたし、隙あらば自分や妹を操り、国を我がものにしようとする男や地位や財産を目当ての者ばかりだったからだ。笑顔の裏には後ろめたい何かを隠していた。 

 「お友達になりましょう」といった友人が隣国のスパイだったこともあった。


 もちろんそういう輩は陰で排除して家族を守ってきた、その自負がアンジェにはあった。


 そして今日来た、竜を倒したシオンという男。

 彼が王城に来て婚約の話を口にするときは自分が婚約するべきだと思っていた。

 それは、ここ最近、アンジェが常に考えていることだった。


 自分ならどんな男でも耐えられるし、ある程度の人物ならコントロールできる自信があった。

 それも彼に出会うまでだったが――


 アンジェはシオンを一目見た時、奇妙な安堵感を覚えた。

 ああ、この人は私や妹を絶対に裏切らないなと。

 いつも自分を裏切るような、腹に一物抱えた貴族たちとは違うなと。


 多くの人間を接しているうちに、その人となりがわかるようになった彼女の直感。彼が妹に求婚した時、彼なら妹を任せてもいいとも思えた。だから、当初の予定とは違うが、あんなことを言うつもりはなかった。


 なのに何故。


 直後、アンジェは自分の考えが浅ましいものだと一脚した。

 やはり先ほどの発言は、自分が王の娘、その長女としてしかるべき発言だった。


 他意はないのだ。

 別に自分が彼と婚約したくって言ったわけではなかった。

 アンジェはそれ以上この件は考えないことに決め、歩き始めた。






 ――もしもこの時。

 アンジェが自分の感情の変化に気付き気持ちの整理をつけていたら、もしかしたらあんな凄惨なことにはならなかったかもしれない。



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