第十五話 渦巻く策謀
そして、その日がやってきた――
アンジェがリコエッタを殺める決断を下してから一週間はあっという間に過ぎた。
晩餐会当日、城から少し離れた街道は大勢の人で賑わっている。
彼らは街道を進む馬車の行列を見るため集まっていた。
また衛兵達が警備に当たり、暴動の警戒をしていた。とはいえ、ふつうはそんなことは起こりえないため、呑気にあくびをする衛兵もいた。
貴族達の乗る馬車は列をなし、衛兵や民衆の群れを通り過ぎていく。その中にはアンジェやリコエッタを乗せた馬車もあった。
リコエッタはシオンと二人で馬車に乗り、アンジェの馬車には、彼女が一人乗っていた。
アンジェ達が向かっているのは町の中央部にある商館だった。
スターチスが晩餐会の会場として貸しきり、他の貴族達も招かれたくさんの馬車が向かっていた。
アンジェは外の景色を眺め、馬車にガタゴト揺られていた。
ポケットのナイフを取り出し、その切っ先をまじまじ見る。
(とうとう晩餐会に来てしまった。今日、全てが始まる)
緊張したアンジェの動悸は異様な激しさだった。
胸に手をあてると、その心臓の動きが良く分かった。あれから一週間、入念に計画を立てた。
だが、本当に自分に殺人なんて出来るのだろうか、アンジェはそれが不安だった。
ダンの時は状況が状況で仕方なく殺しまったが、今度は本当に自身の意思で殺人を行わなければならない。
それも、リコエッタを殺すのだ。
この世でただ一人の大事な妹を。
いや、一度、人を殺めたのだ、二回目もそう変わるわけがない。
アンジェは自分の考えを否定するように顔を振り、ポケットにナイフをしまう。
そうしていると、馬車は町の中央にある商館の前で止まった。
「商館にたどり着きましたアンジェ様」
「ええ、今降りるわ」
アンジェはゆっくりと馬車から下りる。それを見ていた民衆達は皆アンジェの美しさを讃えていた。アンジェも小さく手を振り返し、笑顔で民衆たちに答える。
そして、後続にはシオンとリコエッタの乗った馬車も到着した。
アンジェはちらと二人を見るも、すぐその視線は目の前の4階建ての商館に向き直る。
商館はレンガで出来た大きい館だった。普段暮らす城の装飾に比べれば見劣りするが、それでも貴族がパーティに使うためには十分な華やかさだ。
だが、館の優美さよりも、今後の計画もあるせいか、アンジェにはそびえ立つ商館が不気味に映った。
◇
会場は大勢の貴族たちでごった返している。
皆、片手には葡萄酒を持ち、スターチスの開いた晩餐会にもかかわらず、ほとんどがシオンの話で持ちきりだった。
アンジェの周りにも貴族たちが集まり、談笑をしている。
だが、表面上はにこやかな彼女だが、内心は冷ややかなものだった。
そこに、一人の貴族の娘が彼女のもとに訪れ、アンジェに声をかけた。
「アンジェ様、体調はよくなったのですか?皆心配していました」
「ありがとうございます。皆さんに心配をかけてしまいましたね。もう体調はよくなりましたわ」
「わたくしもお見舞いに伺いたかったのですが、所用がありまして伺えなかったのです、本当よ?」
貴族の娘はそういうと、『本当よ』の部分を強調した。
ほかの者達も異口同音に似通った話をするものだから、アンジェはうんざりとする。
それはアンジェに取り繕うための言葉だったが、彼らにどう思われていようが、アンジェにはもはや興味はなかった。
「そういえば、ダン様はまだ館には戻らないのでしょうか?」
「ええ、城の兵たちも探していますが、いまだに見当たらないようですよ」
若い娘達の中にはダンのことを聞いてくる者達も多かった。あれで、彼は人気ものだったな、とアンジェは思い返す。
そして彼の事を聞かれるたびに、嘘をついた。
次第に、嘘をつき慣れてきたのか、その回答は板についていた。
「アンジェ様、お元気そうで。私も心配しておりました」
そこにスターチスがやってきた。
彼女はその美貌に笑みを浮かべ、スカートをつまみ上げ、笑顔でカーテシーを繰り出す。
だが、その目には鋭く冷たいものが含まれていると、アンジェは感じた。
きっとスターチスの内心ではどろどろとしたものが駆け巡っているだろうと、アンジェは想像した。
そしてアンジェのほうも同じく、ニコリと笑みを返す。
「お招き頂き、ありがとうございます。素敵な晩餐会ですね、スターチス様」
アンジェは心の中でスターチスを褒め称えた。
毒殺しようとした相手に向かって、よくこんなに笑顔で言えるのか。
彼女の演技力の凄まじさに素直に驚嘆していた。それは、毒が効かない余裕も含まれていたかもしれない。
だがすぐに私も人の事はいえないかと、アンジェは反省した。
「今日は、シオン様の竜討伐の祝い。存分に飲んでください」
スターチスが手をたたき、女中を呼び宇出した。
呼ばれてきたメイドはロイスだった。
彼女は変装し、顔が見えないようモブキャップを深くかぶる。
一目ではロイスに見えない。それに大勢いる女中のひとりだ。貴族達は気にも留めないだろう。事前に彼女達がこの晩餐会で、毒を盛ることを知っていたアンジェのみ、彼女の変装を見破れた。
ロイスの持ってきたお盆の上には葡萄酒の入ったグラスを持っている。
竜の血が目立たないように葡萄酒を選んだのだろう。
アンジェはその酒を手に持ち、その赤黒い液体をしげしげと眺めた。そのようすに、ロイスの手がわずかに震えていた。
「さぁ、どうぞ」
スターチスは、葡萄酒を飲まずグラスを見ているアンジェにしびれを切らしたのか、早く飲むように促した。
彼女の目はアンジェの手元のワインを凝視し、スカートの中に隠れた足でヒールをカツカツ鳴らす。
これではすぐばれるだろうと、アンジェはスターチスをつまらない人間だと評価した。だが、これ以上グラスを手に持って飲まないのは確かに怪しいだろう。
「ええ、頂こうかしら」
アンジェはグラスを手に持ち一口付けて、声もなく、スターチスとロイスは驚いていた。
「とてもおいしいですね」
アンジェはにこりと笑う。
その時、商館の扉が勢いよく開かれた。
大勢の兵士達だった。
貴族達は皆一様に騒ぎだす。
彼らの中心には騎士団長と、隣には、ここにいるはずがないダンの母親、クロスベイン婦人がいた。
「スターチス公爵令嬢!貴様をダン=クロスベイン暗殺とアンジェ姫暗殺未遂で逮捕する。同行していただこう!」
「何!何のこと!?」
兵士長は兵士に指示を下し、すぐに彼女を取り押さえる。
スターチスは組み伏せられ、床に押さえつけられた。
彼女はあまりの事態に困惑していたが、持ち前の負けん気で、兵士達をにらみつけている。
「森の奥でダン殿の死体が見つかった。その遺体には貴殿の家柄の紋章が入った首飾りが落ちていた。それが証拠だ」
「まって、これは何かの陰謀よ!!離せ!私は王族の娘なのよ!!」
騒がしくなる会場で、アンジェはスターチスの意見に心の中で同意した。
なぜなら、彼女の言葉は真実だったからだ。
彼女の言う通り、彼女は嵌められたのだ。
だって、この事態は、私が仕組んだのだから。
まぁ、彼女の身から出た錆びなのだし、人を殺そうとしたのだ、こんな風に嵌められてもしょうがないではないかと、アンジェは思った。
それにこれはアンジェにとって前座に過ぎない。
彼女の目的は自身の妹を殺すことだ。
この程度のこと、計画の通過事項の一つでしかない。
「さらに、アンジェ様の暗殺を行おうとした証拠も出ている。その使用人が持ってきた葡萄酒には竜の血が入っているな!お前が指示をしたのだろう」
騎士団長が声を張り上げた。スターチスの反論が弱弱しく響いた。
「その葡萄酒には竜の血など入っていない。現にアンジェ様は飲んでいたではないか」
「あら、私はグラスに口を付けただけよ。中身なんて飲んではいないの」
いたずらがばれた子供のようにアンジェは言った。
それは彼女の嘘だった。もちろん正真正銘アンジェは竜の血が入った葡萄酒を飲んでいる。
ただしすでにその血を受け継いだアンジェには効果がなかっただけだ。
「では、その葡萄酒を持ってきた使用人に飲ませてみよ」
クロスベイン婦人は静かに告げた。
彼女は平静を装ってはいるが、息子を奪われた悲しみから怒りに打ち震え、この時を待っていたかのように告げた。
使用人の恰好をしたロイスは怯え、視線はさ迷っている。
彼女の後ろにも兵が囲み、とても逃げ出せない状況だった。
アンジェとスターチス、あたりの貴族達もその様子を固唾を飲んで見守っていた。




