第十三話 動き出した計画
数日後、アンジェは城内の地下へと続く石の階段を降りていた。
片手にはあたりを照らすランタンを持ち、一つ一つ慎重に進んでいく
王城の地下道は戦争中に避難場所として使用されたり、敵軍の兵士たちを捕らえるための地下牢として機能する。
最近はめっきり使われることはなくなり、石造りの小道はかび臭さを放ち、隅という隅には蜘蛛が巣を作っていた。
ネズミたちも徘徊し、幽霊でも出てきそうな雰囲気だった。
粉っぽいほこりを手で払い、アンジェは一人地下突き当たりにある小部屋に辿り着く。
「私よ」
「お待ちしておりました。アンジェ様」
奥には商人と、他には見慣れない目をつぶった老婆が石のいすに座っていた。
アンジェはランタンを床に置き、余っている椅子に腰掛ける。
老婆はフードをかぶっているが、その隙間から見える頬はやせこけ、しわしわの肌の特徴的な外見をしている。
商人が連れてきた客人を、アンジェは怪訝な様子でみた。
目をつぶっていると思っていた老婆は、よく顔を見ると両まぶたにはやけどの酷い跡がついていた、それはあまりにも痛々しい痣で、どうしても視線がいってしまう。
「おお、アンジェ様!あなたがアンジェ様ですね」
老婆はアンジェが現れると、その手を強引につかみ、愛おしそうにさする。
「え、ええ、そうですよ」
がらがら声の老婆が興奮して、迫ってくるのだ。さすがのアンジェも、困惑の色を浮かべている。
「この方は?」
「私が毒薬などの仕入れをしている呪術師のばあさんです。普段、森の奥に住んで人に会いたがらないのですが、貴方のことを話したら、ぜひお会いしたいとのことで」
「……えっと」
さきほどから手を拝み、こする老婆にどう対応すれば良いか、アンジェは判らなかった。
「商人、お前さん、少し外に出ていなされ」
アンジェへの反応とは打って変わり、老婆はきつい口調で商人に言い放つ。
商人はしかめ面をするもアンジェは口を開いた。
「大丈夫よ、この時間地下に来る者はいないから安心して、外に出ていて。あなた達が来たときも誰もいなかったでしょう?」
「…はぁ、わかりましたよ。外で待っています」
しぶしぶといった感じで、商人は石造りの扉を開けて部屋に出た。
会話の間も、呪術師はアンジェの手をさすっている。ついには手の甲に耳をあて始めた。
「あ、あの」
たまらずアンジェは言葉を発した。
「そのように握られると、恥ずかしいのですが」
「この血の巡り、心音…やはり、おお……」
老婆はその見えない眼で、アンジェを見据え、口を開いた。
「アンジェ様、あなたは竜に選ばれたのですね。まだ芽は小さいが、さらに強大な力を得る」
「…竜に選ばれた?」
アンジェは言葉を反復する。 彼女の言っている意味がよくわからなかった。
「竜の血を浴びたものはほとんどが暴れ狂い死んでしまう。ですが、竜に選ばれたものは血を浴びながらも理性を残し、竜の力を得るのです――そしてあなたがそうなのです、アンジェ様」
「私がですか?」
確かに心当たりはある。
ダンに襲われた時、以前よりも体調がよくなったこと、それにロイスに毒を盛られたのに効かなかったことだ。ずっと自分の中でも疑問だった。あれはなんだったのか。
アンジェは自分の腕に出来たドラゴンの傷を見て、ぼんやりと、そんなことを考えていた。
「アンジェ様は竜の予言をご存知ですか?」
「竜が現れたとき、災厄が訪れる。竜の炎が国を飲み込むと、そう教えられました」
ひひひと老婆は笑った。
「やはり、その後の話をご存じないようですね」
「その後?」
竜は災厄をもたらす恐ろしいもの、アンジェが知っているのはそれだけだ。その後の話なんてあるなんて、知りもしなかった。
「竜の呪いとは試練なのです。それを達成したものに、竜は大いなる恵みを与える」
「……」
「恵みを与えたものは、古き王たちを駆逐し、新たな王国を築く。竜の加護を受けたその国は千年続く王国になるであろう」
アンジェは押し黙った。
確かにそんな話は聞いたことがない。竜が魔物たちの頂点であることはもちろん知っている。だが、恵みを与えるなんて言葉は、とても信じられなかった。
「私は元々王族を支える預言者の一族でした。ですが、竜の予言が広まることを恐れた先代の王は、我々一族を滅ぼし、予言の一部を闇に葬ったのです」
熱をこもって話す老婆は言葉をつづけた。
「私はまだ子供で、見逃されはしましたが、見せしめとして目を焼かれ、一人森の奥で暮らしていました……おめおめと今まで生き残ったのです」
次第に、嗚咽を漏らす老婆をアンジェは抱きしめた。 自分の先祖がそんな恐ろしいことをしていたなんて、彼女に対し、申し訳なさを感じると、共に、その老婆の気迫にだんだん話が本当にあったことだと思えてきた。
それに、アンジェはこの人は見た目よりも、年をとっていないのかもしれないと考えていた。そんな事件があったことで年齢よりも老いてしまったのかもれないと。
「ごめんなさい、先代の王がなんてことを。どう謝罪すればよいか……」
「いいえ、貴方を責めているわけではないのですアンジェ様。むしろ逆なのです。あなたは私の光です。あなたこそ、古き王を滅ぼし、新しい千年王国を手に入れるのにふさわしいお方」
「私に…父を討てと?」
「ふふ、何を言っておりますかぁ。あの商人から聞いています。計画を進めていると」
「……口の軽い男ね」
アンジェは呆れてしまう。彼がきちんと仕事をするのか不安を覚えてしまう。彼女の計画には彼の協力がどうしても必要だったが。
シオンを王にし、自分が妻となる壮大な計画だ。
成功させるためには一つもミスは許されない。
そのためには妹を殺さなくてはならない。
だが、アンジェの心は深く沈んでいた。本当にそんなことをして良いのか。彼女の良心はせめぎあい、まだ決断できないでいる。時間もないというのに。
「あとはあなた次第です。アンジェ様。ですが…あの竜を滅ぼした男にはお気をつけください。あの男は私たちに災いをもたらすもの。決して心を許してはいけません」
(…シオン様)
アンジェはシオンを想っていた。全ては彼を手に入れるため。
老婆の言うことは気にしてはいられない。だが、その言葉に不安を覚えてしまうのも確かだ。
会話を終え、部屋は静まり返る。数分の後ノック音がし、アンジェはドアを見た。
「もう入ってもよろしいですか?」
「ええ」
商人が痺れを切らせ、アンジェが言うが早いか、部屋に入ってくる。
「そういえば、お耳に入れておきたいことが。さきほど、ばあさんのせいで伝え忘れていたことです」
興奮気味の商人は急いで、アンジェに耳打ちする。
その話を聞いた時、アンジェの眉がぴくりと動いた。
そして、その口元は笑っていた。




