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感動する話

作者: 高木圭介


その男にはライフワークがあった。

オークションで一目惚れして購入したボロボロの1966年製M561ガマゴートのレストアである。

車体価格は50万円。

登録書類付きで、 動きさえすれば車検取得可能。

公道走行可能な車両である。


2000cc2ストロークディーゼルエンジンを搭載した6輪駆動。

朽ち錆び付いた鉄の巨躯。

その走破性は文明が崩壊し、退廃した砂と瓦礫の大地でも力強く走るだろう。


男が手に入れたガマゴートは、およそ50年間雨晒しにされ、今にも大地と一体化し、土に還りそうなコンディションであった。


男は普段、工場で働いている。

以前都心で勤めていたと比べ、給料は減った。

しかし、何よりも就業前に機械の暖気と称して加工機を自由に使わせてくれる点が大きい。


男には妻がいたが、家計を食い潰す男の趣味を理解出来なかった。

一人息子の親権は、彼女が持っている。

ボロボロの古い軍用車のレストアよりも、家族との時間を大切にして欲しかったらしい。


給料は生活費と養育費以外は、ほぼ全てガマゴートのレストアに費やしている。

田舎にガマゴート用の土地を購入し、ガマゴートのための、ガレージとクレーンも用意した。


ガマゴートの為には金も、手間も惜しまない。


購入当初、ガマゴートはミッションが錆び付いてて、シフトレバーが動かなかった。

細かいパーツはボロボロになっていたが、そこは旧式の軍用オフロード車である。

シンプルな構造で整備性もよい。

毎日少しずつ、レストアを進めていく。


息子が小学生になったある冬、息子は突然ガレージに遊びに来るようになった。

ガマゴートのデザインは男の子の心を掴む。

レストアをしながら息子とふれあう時間は至福であった。

外は雪が降っている。

エンジンオイルの香りが漂うガレージで、ドラム缶でできたテーブルと一斗缶の椅子。

アラジンストーブの上に置いた南部鉄器の急須でお湯を沸かし、息子とふたりインスタントのコーヒーを飲む。


「僕はあんまり外で遊ぶことが出来ないから、これでおもいっきり外を走りたい」


体の弱い息子はこんなことを言った。


「雪が無くなる頃には動くようにするよ。その時は一緒にコイツで桜を見に行こう」


男は約束する。










春、山間の雪は溶け、植物の新芽の香りと暖かい日差し。

桜の開花も程よい頃合い。

ガマゴートのエンジンがかかるようになった。

セカンドだけだが、ミッションが入るようになった。

ジェネレーターはまだ腐っているが、デカイ鉛蓄電池をハーネスに直結すれば、取り敢えず走るようになった。

これで息子との約束通り、お花見に行ける。

今日のために、車検も取得し、ナンバープレートもついた。

息子はとても嬉しそうだった。


デカイ車体のわりに、狭い運転席に乗り込む。

息子も助手席に乗る。


目的地は男の秘密の場所。

人里離れた林道の先にある。

野生の桜が原生している場所だ。


軽油の販売は何年も昔に終了していたので、重油から密造した軽油を200リットル用意する。

2ストロークディーゼルサイクルエンジンに火を入れる。


「うわーっ!すっげーっ!」


息子が大げさにはしゃぐ。

息子が喜んでくれるだけで、その価値があったというものだ。

錆び付いたマフラーには所々に穴があったが、とりあえずアーク溶接で塞いだ。


轟音、アイドリングで車体がぐらぐらと揺れる。

ドリンクホルダーには息子が母親に持たされたという水筒が入っていたが、エンジンと共鳴してガタガタと音をたてていた。


重たいクラッチを踏みつけ、シフトレバーをセカンドに入れる。

ガコンと言う音とともに、全身に伝わるシフトショック。

確実にギヤが入ったという手応え。


アクセルを少し多めに吹かし、ゆっくりとクラッチを繋いでいく。

ギシリと、車体がきしみ、ガマゴートは走り出した。


息子が喜んでくれるのは嬉しい。


道に出ると、対向車からの視線が半端じゃない。

春の香りと、ディーゼルのサウンド。

楽しそうな息子の姿を見れるだけで、幸せだ。


男がガマゴートのレストアを始めたのは、息子に諦めない気持ちと、タフな有り様を見せたかったからという気持ちからだ。


息子は体が弱く、医師には大人になるまでは生きられないと言われていた。


道なき道を猛然と進む。

男が惚れ込み、息子に見せたかったのはその概念であった。

息子はこんなにも元気だ。

適当なことを言った医者への怒りは今はもうない。

息子はこんなにも元気なのだから。


そして、幾ばくも走らず、ガマゴートのエンジンは焼き付いてしまった。

セカンドだけで無理に走ってしまったのがいけない。

しかし、息子とのひとときの非日常には変えがたいものがあった。


一緒に桜は見られなかったけれど、男は満足していた。


「また動くようにするから、その時は一緒に走りに行こう」


息子は頷く。


「絶対だからね。」












環境規制の強化によって、車検時に初年度登録年式によらず、排ガスの汚染物質濃度を測定されることになった。

排ガス中の汚染物質の濃度によって累進的に税金が課される仕組みだ。更に、有害な旧式の車は単純所持も禁じられる。

ガマゴートのエンジンは2ストロークディーゼルエンジン。

もちろん触媒等もなく、軍用の燃焼効率の悪いエンジンは軽油を大量に燃やし、黒煙をもうもうと吐き動く。

その税率はとてつもなく、男に払えるような金額ではなかった。

税金が払えなければ、ガマゴートはスクラップにされてしまう。

ガマゴートとの別れの時が近かった。

次の車検でガマゴートはスクラップにされてしまう。

その前に、完璧にレストアされたガマゴートで息子とお花見に行くのだ。












脳みそは辛い記憶は忘れるようにできているらしい。

平日の記憶はひどくぼんやりとしたもので、土日と土日の間にひどく不快な夢を見ているような気分である。


この日のために周到に整備をしてきた。

多額の借金を背負ったが、自分で手の回らない箇所は外注で修理した。

セカンドにしか入らなかったミッションは、四速までバッチリ入るようになった。

エンジンも絶好調だ。

ボロボロだったマフラーは更に朽ち、無くても変わらない気がしたので、鉄パイプを曲げて溶接した簡易的な集合菅を作った。

息子も喜んでくれるだろう。


密造軽油にエンジンオイルをよく混合し、200リットル燃料タンクに入れる。

チョークを捻り、燃料噴射ポンプをプレヒートする。

そして、セルモーターを回す。

クランクが重々しく回り、エンジンに火が入った。

轟音、黒煙、振動。

鉄の心臓が動き出す。

「さぁ、行こうか。」









轟音と排気ガスを撒き散らしながら暴走するガマゴートをパトカーが追跡する。

パトカーは制止を呼び掛けるが、そんなものは聞こえない。

そして、林道にはいる。

道なき道を猛然と進む。泥道だろうと6輪駆動の敵ではない。草木を薙ぎ倒しながら突き進み、川を越える。


左右の人差し指にタイヤ。

中指にミッション。

薬指にダンパー。

小指にドライブシャフト。

そして額にはクランクの回転を感じる。

私はマシンと一体化した。


ぬかるみというよりはもはや沼。

林道というよりはもはや獣道。

3.5トンの車体は轟音とともに、野生の山羊の様に、進むのだ。

ふと振り返る。

追っては無かった。並の車両では本気で走るガマゴートを追いかけることなど出来ない。


そして、目的のの場所についた。原生の桜が満開だった。

夕暮れの光に照らされて、散り舞う桜の花弁。


コップを2つ用意して、コーヒーを二人分入れる。


男の隣には、息子が確かにいた。


評価して欲しいポイント。

1.妻の思い

2.息子とのドライブで焼き付いてしまったエン

 ジン。

3.平日が辛くなってしまった男。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公と息子が楽しく過ごす時間があって良かった。 [一言] 1回目読んだとき、「評価して欲しいポイント」を意識して読んでいなかった。2回目読んでもよくわからなかった。
[良い点] ①淡々とした文章や、専門用語を多用したことにより、独特な雰囲気が出ていました。 ②「そして額にはクランクの回転を感じる。」というのは個人的に一押しの文章です。痺れました。びしっと格好をつ…
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