9、東京遠足②
『だいたい全部腕時計のせい』
カラオケバー…というか、スナックのママさんから聞いた話によると、
「2週間ぐらい前にふらっと現れた八重木四方と名乗る弾き語りの男。物珍しさから店に置いてやっていたが、昨日、酔っぱらって常連客の金持ち社長に絡んだ挙句、その社長の腕時計を叩き壊した」
のだという。
「その後、彼は?」
「夜闇に紛れて消えちまったよ。どうすんだい、あいつがいないと腕時計の弁償代ウチのバーが負担せにゃならん。へたくそな唄歌いやがって客足は遠ざかるばかりだし、とんだ疫病神だよアイツぁ」
「…父がとんだご迷惑を。スイマセン。必ず見つけ出して、弁償させますので」
「頼んだよ。」
店の外に出ると、真っ青な空に、入道雲がもくもくと湧き出ていた。
「振り出しに戻っちまったな…」
うん。といか、ちょっと前にも似たようなことあったなぁー
「…わたしのお父さん、腕時計になにかウラミでもあるんだろうか」
『再会』
井上が、どこかに電話をかけている。
やることがなくなった私はぼーと秋葉原駅構内を眺めていた。
人・人・人・人…恐ろしいほどに人間がいっぱいいる、
そんな中に、揃いの制服を着た集団が見えた。
「あ!」
私が気づいたのと同時にでかい荷物を背負った女子高生が、私に向かって手を振った。
「みえちゃーん!!すごい偶然―――!!」
「楢崎さん!どうして東京に!?」
「吹奏楽の全国大会があったんだよー!私は出てないけどー!」
「それは賢明なはんだんだねー!」
楢崎さんの後ろにはシガレッティさんもいた。
「久しぶりでござるな、みえ殿。拙者も荷物持ちとしてついてきたのである。」
そう言うシガレッティさんはとんでもなくでかい楽器を背をっている。
「…それ、なんですか?」
「パイプオルガンと言ってたか、拙者良く分からぬが」
(パイプオルガンって持ち運べたっけ!?)
『明らかに変人』
なになに女子高生のお友達?八重木ちゃんも隅に置けないね、と電話を終えた井上が近寄ってきた。
「むむ?こちらの方は、みえちゃんのお父さん?」
「イエ、まさかまさか。私、こういうものでして」
と井上が名刺を差し出す。
「探偵さん!?すごいすごい!私、探偵なんて自称してる人初めて見た!井上さん勇気あるんですねー」
「…褒めてる?けなしてる?」
笑顔を引きつらせながら井上がわたしに聞いてきたのでわたしは何とも言えない笑顔を返した。
シガレテッィさんが楢崎さんの後ろでそわそわしている。
「楢崎殿、せっ拙者も…」
「あ、そうだね!せっかく作ったし…」
シガレッティさんが腰を45度に折って名刺を差し出した。
「拙者、シガレッティ・ビックレイクと申す。」
名詞には、手書きのへたくそな文字で、シガレッティ・ビックレイクとだけ書いてあった。
井上はちょっと憐みの色を浮かべながら、楢崎さんに向き直った。
「…………お嬢さん、へんなのにつきまとわれているなら、俺がご相談に乗りますが」
「やだなーーーー!!私がモテてモテてストーカー被害にあってそうとかそんな風に見えちゃいますかーー??」
(まぁ、金髪碧眼の外人さんがござるとか言って手作りの名刺渡して来たら不審に思うわな)
『否定も擁護も弁護も』
「拙者、初めて人間と名刺交換したでござる」
「よかったね、シガレッティさん」
照れて、うへへっへへっへと頭をかく楢崎さんの後ろでそんな会話をする。
しばらくして正気に戻った楢崎さんが、あれ?と頭を傾げた。
「みえちゃんは、東京で・しかも探偵さんと、何してるの?」
「お父さん探してるんです。かくかくしかじか」
「えーーーー!それってまさか」
便利な感じに事情を説明すると、楢崎さんとシガレッティさんが顔を見合わせた。
「さっきね、吹奏楽のコンクールをやってた会場にね、浮浪者みたいな男の人が駆け込んできてね、“俺のコンサートを開催せよ!!俺は将来有名なシンガソングライターになる男・八重木四方だ!”って…」
「うわぁ、お前の父ちゃん、本格的に頭おかしいね」
「心から同意します」
『コンクール会場警備員の証言』
「ええ。確かにそいつは自分のことを、天才シンガソングライタ―八重木四方と自称していましたね。歳は30代前半。よれよれの服に、無精ひげが目立っていました。鼻筋が通ってて、若いころは女にもてはやされてたんじゃないですかね。ま、そのせいで歌手になれるなんて勘違いしてんのかもしれないですがね。背?そうですね、中肉中背でこれと言った特徴はなかったです。」
「ありがとうございます。良く分かりました」
(あぁ、間違いなく、お父さんだ…)
井上が隣で腕を組んだ。
「それで、そいつを取り押さえたんだろ?」
「ええ。ですがスキを突かれて逃がしてしまって…まぁ、警察沙汰にするとこちらも処理が面倒なので、逃げるなら逃げるで都合がいいと思い、深追いはしませんでした」
「どこかに行くとかそういったことは言っていなかったか?」
「えーーー。あ、そう言えば、『こうなったらもう株で一儲けするしかない』って呟いてました」
「なるほど。助かった。ありがとう」
井上がなにか納得してる風だったので、わたしもそれ以上は何も言わず、コンクール会場を後にした。
「よし、次行くぞ」
「えっどこに?」
「東京証券取引所だ。」
『東京証券取引所警備員の証言』
「エ――――!あなたがた、さっきの不審者の仲間ですか!?…あ、違う?失礼しました。わたしゃてっきり…………いやぁ、悪夢でしたよ。ぱっと見でいかにも怪しい奴が建物内に入ろうとしてたんでね、呼び止めたんですよ。そしたら何も言わずに逃げるじゃないですか。逃げたら追いかけるでしょ。そんであっさり捕まえたんだけど、『株を買わしてくれー!』って喚くから、ああこりゃ頭おかしな奴が来たなって思って『株を買うなら証券会社へどうぞ』って、近くの証券会社を案内してあげたのね。そんでおとなしく去ってったんだけど…いやぁ怖い怖い。変な人っているんだねぇ」
(ホントすいません…)
『A証券会社の窓口のお姉さんの証言』
「そんな人はお見えになっていません」
「まじか」
『近くの金券ショップのおっちゃんの証言』
「あーーーー。来てたね。そうそう、『株券ください!』っていうから、『うちは金券ショップだから株の取り扱いはないよー』って教えてあげたのよ。そしたら『そんなはずはない!証拠を見せろ!』って言うから、取扱商品のラインナップ表を見せてあげたのよ。しばらく目を皿のようにしてみてたんだけどね、ないと分かると途端にしょんぼりしてすごすご帰ろうとしてたから、ちょっとかわいそうになってさ。『株じゃなくて競馬の方が気軽に儲かりまっせ』ってアドバイスしてあげたのよ」
「「余計なことを!!!!」」
『府中競馬場にて』
「なんだか、ずいぶん遠くまで来た気分だね…」
「実際、遠くまで来たからな」
夏の夕風が雑草を揺らして渡っていく。
「こんなとこまで来ちゃったけど、今日、競馬やってないんだねぇ…」
「無駄足か。まぁ、さすがのお前の父ちゃんだろうとなにもない日の競馬場で騒ぎは起こせまい…」
と言った井上の向こうの方で、誰かが言い争う声が聞こえた
まさかね、うん。まさか
「これはオレが先に拾ったの!だからオレの!」
「わたしだよっ!わたしが落ちてるのさきに気きづいたんだから!!」
どう見ても幼稚園児の女の子と、八重木四方ーーーーーお父さんが自販機の前でしゃがみこんで言い争っていた
「見つけたぞ成功報酬ーーーーー!!!!!」
『父親(時価五万円)』
井上が見事なタックルを決めて、お父さんを捕獲した。
「逃がさねえぞ五万円」
「え、なに?誰?え?え?」
父が呆けたその隙に幼女は100円玉を奪うと、てとてと走り去っていった
「あ、オレの100円…って、か、くるじいぐるじい!!なにお前、やめて!!」
柔道の寝技よろしくがっちりと押さえつける井上に父は地面を叩いてギブアップを宣言する。
「お父さん…」
呼び掛けながらゆらりと近づく。わたしの背中で燃える夕日が父さんの顔に影を作った
「元気そうで、何よりだよ…?」
「お前…みえか!?」
『新発想』
「みえがどうしてここに…というか、さっきからオレを押さえつけてるこのおっさんは誰だ?…はっ!」
お父さんが井上のほうに顔だけ向けて、なにか気づいたように驚愕の表情を浮かべた。
「まさかお前、みえの新しい父親か?」
「は?」と井上。
みるみるうちに、父の目に涙がたまっていく
「みえ、わかっちまったよ。お前、オレに愛想つかして新しい父親に走ったんだろ?」
「はぁ?」とわたし。
「そりゃそうだよなぁ~!借金まみれの歌手の卵なんて、恋人にはよくても父親には重いよなぁ~!こんなヤニ臭いオジサンにすがるしかなかったなんて、そこまでみえを追い詰めていたなんて、オレは父親失格だぁ~」
うわああああんと子供のように泣く父。
「(父親失格なのは言うまでもないけど)うーん、恋人でもちょっと…かな。ハハッ。」
『三段論法』
しくしくしながら、父さんがなにかぶつぶついっている
「みえの父?ってことはオレにとっては何になるんだ?…みえはオレの保護者みたいなとこがあるだろ?そのみえの父親ってことは…」
あっ!と、なにか合点いったかのように目を丸くすると、お父さんは井上を見ておずおずと笑った
「そうかお前、オレの保護者のみえの父親ってことは、オレの保護者か。世話になるぜ」
井上がお父さんから飛び退いて距離をとった。
「庇護欲を煽る感じに笑うなゾッとする!!俺はお前を世話する気なんぞないからな!!」
『娘よ』
「というか、前提からして狂ってんだよ、俺は八重木ちゃんの父親じゃねぇ!!」
「え?そうなの?」
「当たり前だよ。わたしのお父さんはお父さんだけだよ。」
「みえっ…!」
目を潤ます父に、わたしは万感の思いを込めてニッコリ笑った。
「さあ、ばかな夢を見るのはやめて、現実見ましょうか?」
「みえ…」
『若いときの苦労は買ってでもしろってのは嘘だと思う。若いときは自分の夢を追うのに一生懸命になるべきだ。by八重木四方』
「いーやーだー!!!オレは東京で歌手になるのー!庭いじりで一生を終えるなんて絶対いやー!!」
「一生じゃないよ。借金返すまでの間だから」
「時間は有限なんだぜ?それに、若いときの時間は二度と戻ってこないんだ。一秒でも無駄にできるか」
「若くねーし、無駄なことしかしてねーじゃねーか」
飽きてタバコを吸い始めた井上の、冷たいことばが宙を飛ぶ。
わたしは、拳を握った。
「…借金を返すのは義務でしょう?義務は果たさなければならない。それなのに、お前と来たら義務を果たすための時間を、無駄、だと?……お前は今まで何を学んできたんじゃあ、このくそボケーーーー!!!!」
「いやあああ!助けておとーさーん!!!」
わたしの拳をひらりと避けてお父さんは井上さんの影にかくれる
「いや俺お前の父親でもねーーから!!!」
『古き良きもの』
「娘がハンコーキだよー!怖いよー!」
「人様の腕時計壊しといて、謝罪も反省もなしか!態度で示せないならせめて弁償くらいはきっちりせい!せな、実の父だろうと許さんぞ!!!」
「あの、八重木たん?」
井上がドン引いているのが見える。
「みえは昔から義務とか規則とかルールとか恩とか仁義とかもーいろいろいろいろこだわりすぎ!もっと楽に生きろよな!!」
その時お父さんが、わたしの背後を指差して驚愕の表情を浮かべた。
「嘘だろ…あっあれは…!」
「え?」
後ろを振り返る。特になにもない。
「なにさ、いきなり…あ」
視線を戻すと、お父さんはすでに遠く逃げ去っていた。
「くっっっっそ古典的な…!!!」
つづく