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8、東京遠足①

『たとえの話です』

夕立のあった次の日の朝。

露が草木を濡らす。しっとりとした空気の中で、のどかちゃんが微笑んだ。

「おはようみえちゃん。お給料日だよ」

「オキュウリョウ?」

お灸料?お丘陵?

はいと言ってのどかちゃんが手渡してくれたノシ付きの袋には、金五万円也と書かれていた。

「アッアナタハ天使デスカ…?」

「あ!天使さんならねー今ちょうど305号室に」

「比喩ね!直喩表現だから!!」




『まだ生きてるといいんだけど』

「ちょうど昨日、雨が降ったばっかりだし、今日は庭師のお仕事もお休みでいいよ!お給料でなにかお買い物してもいいかもね!」

と言うわけで、今日はお給料だけじゃなく丸一日自由な時間を手に入れてしまった。

庭師小屋に敷いた布団の上にごろんと仰向けになる。

「こんな大金、どうしよう…」

封筒を掲げて見たその先の壁に、ピンでとめた紙が目に飛び込んできた。

くそおやじが残した例の置手紙。(『東京で一山当てまーす☆』)

「東京で歌手って…夢見がちだよ、何歳なのさあの親父…」

とそこまで考えたところで、脳裏に嫌な想像が廻った。

お金がなく、住む場所が見つからない父。仕方なく公園内でホームレスになる父。段ボールにくるまって寝ていると、悪ガキどもにいたずらで殴られ蹴られ…そしてついには行き倒れて餓死……!

「だめだ!お父さん探しに行こう!私が養ってあげなきゃ!!!」




『金銭感覚』

電車で二時間揺られて、東京駅に着いた。

「東京ってここのことだよね」

(建物、高!人、多!)

コンクリートジャングルとは聞いていたけど、ここまでとは。

(お父さん、どうやって探そう…)

立ち尽くしたところで、目の端にカラフルなチラシが飛び込んできた。

【井上探偵事務所!不倫調査・探し人・迷いネコ・妖怪退治、何でもやります!お気軽にご相談を!!】

ご丁寧なことに、行き方も大変わかりやすく書いてある。

「探し人…よし!」

お給料の入った封筒はパーカーの内ポケットに大切に入れてある。

「紙のお金5枚か。足りるか心配だけど、行ってみよう」




『探偵は猫』

辿り着いた先はぼろっちい雑居ビルの二階にある小さな部屋だった。

表札には「井上探偵事務所」と手書きで書いてある。インターフォンを鳴らすと、ビーーーーと割れた音がした。

しばらく待っても返事がない。

「すいませーん…」

ドアは鍵がかかっていなかった。開けると、もわっと煙草のにおいが押し寄せた。

「げふぉふぉおっ。あのっ、チラシを見てきました。依頼をしたいんですが」

「にゃーーお」

「え?」

気づくと、足元に三毛猫が座っていた。わたしの目をじっと見ている。

「あの、……もしかして、井上さん?」

「にゃおん」

「あ、あの。まさか猫の方だとは思わなくて。スイマセン。日本語分かります?」

「にゃああ」

「わたし、お父さんをさがしてまして。」

「お父さんをねぇ。それ、見つけたら報酬いくら?」




『探偵は俺』

「ぎゃぁああ!しゃべったぁあああああああ!!」

「いや、俺ね、人間だから。」

三毛猫の井上さんがひゅっと宙に浮いた。

違う。太い腕に抱きあげられたんだ。

腕の先を見ると、ひげもじゃの男の人が煙草をくわえて立っていた。

「こいつ、三毛猫のトラ。オス、10歳。俺、井上。34歳。」

「井上さん…じゃぁあなたが探偵さん?」

井上さんは眠そうな目を瞬かせて、小さくうなずいた。

「そ。近く転職予定だけどね…玄関で立ち話もなんだし、応接間へどうぞ、依頼人クライアントさん」




『世の中金よ』

応接間とは名ばかりの、古い革張りのソファが一対置かれているだけのスペースだった。一応やすっちい衝立で回りとは区切られてはいるけども…。

「わたし、八重木みえと言います。10歳の小学5年生です」

「10歳?…トラと同い年じゃん。」

お前らタメだってよーと井上さんが三毛猫をたかいたかいしている。

「で、なんだっけ。お父さん蒸発しちゃったの?」

「蒸発…いえ、お父さんは固体でしたので、蒸発はできないんですけど、東京で歌手になるって言ったまま行方不明で」

「東京で歌手、ねぇ…」

井上さんは新しい煙草に火をつけた。

「見つけても、そんな感じの人だったら報酬は期待できなさそうだなぁ…八重木ちゃんだっけ?他当たってくれんちょ」

「あの!依頼料ですが…、これだけで足りるでしょうか?」

お給料袋から紙のお金を取り出す。

煙草の灰がポロリと落ちた。トラさんが井上さんの膝の上から「ぎにゃぁ!」と逃げる。

「ま、まぁ。うん。ギリギリだけど、良いよ。受けようじゃないか」




『思ったことを言ったまでで』

「お父さんの名前は?年齢は?」

「八重木四方。35歳。」

「マジで、俺と同じくらいじゃん」

「お父さんの方が井上さんよりちょっと若く見えます。」

「…」

その後に井上さんに似顔絵書いてと言われて書いた似顔絵は、ノーコメントのまま井上さんのポケットにしまわれていった。

「俺も結婚してたら君くらいの子供がいたのかね」

「結婚の話はあったんですか」

「…」

「それにしても歌手か。これまた現実味のない職業を選んだもんだ」

「探偵がそれを言いますか」

「…」

井上さんが席を立って、部屋の隅で寝ていたトラさんを撫でに行った。

「みえちゃん、何、俺のことキライ?」

「イエ、別に…」




『いらっしゃいませーごちゅうもんどうぞー』

「んじゃま、早速探しにいきましょか」

井上さんが携帯とサイフだけもって、外に出る。私も慌ててあとを追った。

「探す場所は、心当たりあるんですか?」

「んー。まぁ」

井上さんの足取りは確かだ。目的地は決まっているらしい。

さすが、探偵さんだ!

が、

「…ここってー…」

「絶妙バーガー1つ。コーラとポテトつきで。」

ゼロ円のスマイルを振り撒くお姉さんに、井上さんが迷いなく言う。

「八重木ちゃんも好きなの頼んでいーよ。ほら、ファンキーセット、今パリキューアとコラボ中だって。」

「わたし、もう子供じゃないんで!!絶妙バーガーダブルで!!!」




『思った以上に』

(どうしよ、ダメな探偵さんに引っ掛かっちゃったかも)

「以上でよろしいですか?」

「あ、あと追加でアップルパイ下さい。えぇ、1つでいいです」

「かしこまりました。以上で合計1280円になりますー」

「八重木ちゃん。」

井上さんがこちらに手を差し出す。

(なに?このタイミングで握手?)

「言い忘れてたけど依頼報酬の20%は先払いだから…一万円」

前言撤回!こいつ、探偵としてというかもはや人間としてダメダメだ!!




『なんとも楽な仕事』

「ちゃんと探してくれないと、報酬はなしですからね!」

「それは困る」

もぐもぐと口を動かしながら井上さんが遠くを見つめる。

「あそこの事務所、家賃滞納してて電気ガス水道止められてっし」

(どおりで薄暗いとおもった…)

とっくに食べ終わった私の目の前で一人悠々とアップルパイを頬張りながら井上さんが携帯を取り出す。

「あー井上です。どうも、ええ、そうです。探し人一名、名前は『やえぎよも』…八重桜のやえに、treeの木…よもってなんか、シホウって書いてよもらしい…ハイ、よろしくー」

そして、年期の入った黒いガラケーをパタンととじた。

「あとは座して待つのみ!」

「んな適当な!!!」




『見つけてくれた人は』

「今どこに電話したんですか?」

「…企業秘密。」

「もー!ホントにあんな適当な電話一本で、お父さん見つかるの!?」

「むぁ、そのはずだね」

その時、井上さんの携帯からやけにロックな音楽が鳴り響いた

「もしもーし。はい。了解です。じゃ、またヨロシクー」

通話が終わる、井上さんがヤニばんだ歯を見せてニッと笑った。

「みーつけた」

「マジですか!!!!すごい!!!」

というか

(わたしはこの人じゃなく、電話先の人にお金を払うべきなんじゃ…?)




『迷子のみえちゃん』

おとうさんは、秋葉原のカラオケバーに沈んでるとのことだった。

「アキハバラ?でもお父さんは東京で歌手になるって言ってたよ?」

「東京駅だけが東京って訳じゃないんだよ八重木たん。秋葉原も東京都だ」

「まじですか」

衝撃の事実にうちひしがれていると、人混みに井上さんの姿を見失ってしまった。

「あれ…?」

いない。ひげもじゃで、寝癖ボサボサで、猫背の井上さんがどこにもいない。

「え…」

ざわざわと都会の喧騒がわたしを包み込む。

知らない人、人、人。

わたしよりずっと背の高い大人たちは忙しそうで、小さなわたしは目に入らないらしい。何度もぶつかられて、わたしは自然と道のわきに追いやられた。

こんなにいっぱい人がいるのに、世界でひとりぼっちみたいだった。

「う…ううう。……お父さんっ…!」

と、頭が強い力でぐりんぐりんとなでられた。

「泣くなよ、ガキかお前は」

「うわぁぁあ、井上ーーーー」




『井上タダシ容疑者(34)自称探偵』

「どこいってたんだよ井上ーーーー!」

「まあ、ちょっと吸いにな…」

井上が親指で指した先には路上喫煙スペースがあった

「クライアントほっておいて!サイテーだよ!!」

「ニコチンの欲求は何にも勝るんだしかたねぇべ」

「サイテーだよ!!」

井上はやれやれと首の後ろをさすった

「ガキはだからめんどくせー。…ま、いいや早く行くぞ」

とわたしの手を引いて歩き出す。

「事案だ…」

「いや、いやいやいや父娘にしか見えんだろウン大丈夫。」

ちょっと動揺してた。ふんだザマーミロっ




『逆に聞くけど』

井上が向かったのは、地下にある、ひどくうらぶれた場末のバーだった。

「すいませーん」

カランコロンとドアベルがなる。暗闇の奥から現れたのはでっぷりと太った、紫色の髪したオバサン。指に付けた宝石が赤やピンクやオレンジやらに光っている。

「…なに、アンタら」

「人捜してるんですけど。八重木四方っていって、この子の父ちゃんなの」

「八重木四方!!??」

オバチャンが声をひっくり返した

「あんたら、あのゴクツブシの仲間かね!?オイ、正直に吐きな!あいつ、今どこに居やがる!!!!」

「…イヤ、俺らもそれを聞きに来たんですけどね?」


つづく

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