7、戸張龍
『食材◎題材△』
「なあ八重木。…ここでなにしてんの?」
「んー…なつやすみの宿題」
「ってぇ、図工で出た、絵の宿題?」
「うん」
「いやさ、うち豆腐屋なんですけど」
「うん」
「豆腐の絵描いて楽しい!?!?」
(うるさいなぁ)
『逆に難しい』
ここは戸張豆腐店。幼馴染みのリュウの家だ。
で、この日に焼けたほそっちい少年が、その戸張龍。店番に立たされて暇なようで、さっきから変に絡んでくる。
「豆腐って白いじゃん?画用紙って白いじゃん?」
「うん」
「絵の具は何を使うの?」
「白だよ当たり前じゃん。」
「無駄だ…!」
リュウが大袈裟に頭を抱えた。
「それに、豆腐だけじゃないよ。アブラゲも描いてるから。」
「おー茶色追加ー」
ひどい絵だな…とリュウが私の絵を覗きこんで根も葉もないことを言う。
「オレの学校だったら許されないよ?そんな絵。」
「単純なモチーフこそ描き手の技量が試されるんだって先生言ってたもん。」
「試すような技量もないのに?」
『気になるあの子』
「うるさい!あっちいっててよー」
「ここオレん家だもん。」
ぐう正論ゆえぐうの音もでなかったのでわたしは無言で絵を描き続けた。
なあなあ、とリュウ。
「お前って西小だよな?」
「そーだよ」
「西小にさ、若山和ってやついない?」
「リュウ、のどかちゃんのこと知ってるの!?」
「あ、やっぱお前も知ってんだ。ふーん。……なぁ、お前と若山、友達だったりすんの?」
「ともだち…うん。友達だよ。」
ともだち、か。改めて口に出すと、ちょっとこそばゆいな。
「ふーん。………………その、わっ…わかやまってさ、好きなやつとかいんのかな?」
「え?」
「いや別に興味あるとかじゃねーけど、オレあいつのライバルだからそこら辺知っとかなきゃじゃん?!ほら、オレが通ってるスイミングスクールで、オレらいつも勝負しててさ」
ははん、さては
「好きなの?」
「すっ…すきじゃねーよ!!!!!!あんなやつ!!!!!」
(わかりやす!)
『知りたいあの子』
「ふーんへー、そうなんだー」
にやにやにやにや
「ちげーし!!なに勘違いしてんだよ!!オレあいつむしろ嫌いだし!あんなべらぼーに泳ぐのがうまいやつ、ムカつくだけだし!前世カッパなんじゃねーのあいつ!!」
(鋭いな。)
リュウは言いたいだけ言うと、肩で息をした。
「……………だから、オレあいつの正体暴いてやろうと思ってんだ!!!!」
ん?
「あいつきっとなんかずるしてんだ。じゃなきゃジュニアオリンピック優勝のオレに勝つなんてありえないだろ」
「えーー!!リュウってジュニアチャンピョンだったの!!!??」
「そうだよ。てかそこじゃねーだろ、そのオレより若山のほうが速いってことに驚けよ!」
(まあそれは河童だし)
「とにかく、だから俺は若山のことをいっぱい知る必要があるんだ。出し惜しみしてないで教えろっ!」
「のどかちゃんにひみつなんてないよぉ~」
さすがに天狗と河童のハーフなんてこと、絶対言えない。
「…お前、昔から嘘下手だよな。目がうわついてるぜ。…いいよ、八重木が教えてくれないなら俺が自分であいつの秘密を暴いてやる。あいつの家教えろ。」
「家?家なんて聞いてどうするの?…まさか、スト」
「敵情視察はキホンだろ!虎穴に入らずんば虎児にを得られず。敵のアジトに忍び込んで、あいつがずるしてるっていう尻尾を掴んでやるんだ!!」
「やめときなって…」
えらいことになっちゃったぞ…
『煽り耐性』
お屋敷に人間は私しかいない。広い庭は留学生たちの交流の場になっていて、昼夜問わず魑魅魍魎どもが闊歩している。
リュウが見たらびっくりして大騒ぎするだろう。それは困る。
「だめ、教えらんない」
「……………けち。」
ぷっくりとむくれた後、リュウは意地悪そうに腕を組んだ。
「教えられないとかって言ってっけど、八重木ホントは知らないんじゃね?教えてもらってないんだろ。」
わはははなんて安い挑発なんだ。こんなのにノる奴なんていないでs…
「八重木かわいそー。友達なのに家に行ったこともないなんて!!友達だってのも八重木の勘違いなんじゃねーの」
「行ったことあるもん!!!!友達だもん!!!嘘だと思うなら、ついてきなよ!!」
『というか人間離れしてるよね』
「ほら、ここだよ」
「嘘だろ…」
リュウが巨大な鉄門の前で立ち尽くした。
「ホントだよ。表札に『若山』って書いてあるでしょ?」
ゴシック調の門に、毛筆で『若山』と書かれた木の札の表札がついている。
「潔くミスマッチだな!!……なぁ、若山ってハーフ?クオーター?」
「え?」
「あいつ、目も髪も色薄いし…日本人離れしてるって言うか、なんつーか浮世離れ?してるじゃん。父ちゃんか母ちゃんが外人なの?」
「えーと、まぁそんなかんじ…」
(外人というか、異人…)
『照れちゃうな』
「よし、入ろ」
「あっちょっと待って!!」
リュウがどんどん中に入ってしまうので、私も慌ててついて行った。
「うわースゲー庭!!!!」
いつもは良く分からないものたちがうようよしている庭は、しかし今はそれが嘘のように静まり返っていた。
(あれ?)
「すげー花いっぱい咲いてんじゃん。あのアーチとか、まるで植物のトンネルだぜ!!腕のいい庭師雇ってんだろーな!」
!!!分かってんじゃん!
「まあねーー!えへへへへー」
「…なんでお前が自慢げなんだよ」
その時、背後から男の人の声が降ってきた。
「ここで何をしているんですか?」
『新キャラ?』
「ここで何をしてるんですか?」
「わぁっ!誰だお前」
冷たい声に振り向くと、ジーパンに変な柄のTシャツのお兄さんが立っていた。さらさらの黒髪は丸く整えられ目の上ぎりぎりで流すオシャレなかんじ。屋敷で働いて一週間近くたつけど、見たことない顔だ。
「人に名を訊ねる時は自分から名乗るのが礼儀だと思いますが」
「ふーんだ。知らない人に話しかけられてもしゃべっちゃいけません!って学校で言われてんだかんな!!」
「ふむ、確かに小学生相手に不審者勝負は厳しいかもしれないですね。幼女に話しかけただけで通報されるこの残酷な世の中…」
ぶつぶつ言って、お兄さんは切れ長の目を光らせた。
「私はこの屋敷の使用人です。」
使用人?
(そんなのいたっけ?)
『イヤ、違いますけど』
「で、あなたはここでなにをしてるんですか?」
「オレはダチの家に遊びに来ただけだよ!おまえ、ここの家の使用人ってんなら、若山和のこと知ってんだろ!?」
「和様のお友達でしたか。しかし、変ですね。和様の口からあなたの様な小僧の話は聞いたことありませんが…」
「ううっ!」
「本当にお友達なんですか?あなたがそう思っているだけではないんですか?」
「うううう!」
リュウが唇をかみしめて目をウルウルさせていると、背後から軽そうな見た目をした茶髪のお兄さんが現れた。
「そこらへんいしといてやれよ~、俺には分かってるぜ、この子観光客だろ」
『後付け設定はズルいです』
「観光客?」
(ってか誰!?)
茶髪のお兄さんも、ジーパンに変な柄のTシャツを着ている。垂れ目で、整ったというか派手な顔をしている。やっぱり、このお屋敷では見たことのない顔だ。
「裏口から入っちゃったみたいだから、分かんなかったのかな?でも困るな~ウチ、観光客からは入場料とってるカラ☆」
お兄さんがラミネート加工されたA4の髪を差し出した。
【子ども 800円】
【大人 1500円】
「…え?でもここ、のどかちゃんのおうちだよね?」
(兼、人間界への留学支援施設)
黒髪のお兄さんがあきれたように息を吐いた、
「ここは若山邸…かつて有名な建築士が設計したことで知られる明治時代に建築されたお抱え外国人用の『異人館』…この県随一の観光名所ですよ」
「初耳ですが!?!?」
「エー知らないの?ホラホラ、これ観光ガイドブック」
るるるぶと言う名前のガイドブックには確かに『この夏行きたい!観光スポット!』と銘打たれて、なじみの洋館の写真がでかでかと載っていた。
「まじでか!!!!!!!」
『1話の時に3文だけ』
「ホラホラ、無銭入場はいかんぞー」
リュウが茫然とした顔でポケットをまさぐった。でも当然、800円なんて大金持ってない。
「……!チクショー覚えてろよォオオ!!」
結局、リュウはやっすい捨て台詞を吐くと走り去ってしまった。
「うまくいったな」
「チョロイぜー」
お兄さんたちがハイタッチしている。
「あのー、あなた方は…?」
「あれ、八重木ちゃん、分かんない?」
「私達一度お会いしてますが」
そういってお兄さんたちはどこから取り出したのか、白と赤のひょっとこのお面をさっと顔にかぶせた。
「……………あーーーーーーーーーー!あなたたち、人さらいの!!」
『人間厳禁』
「コウさんとハクさんでしたっけ」
「そう!俺たち二人合わせてー」
とコウさんが変なポーズをとるけど、ハクさんは微動だにしない。
それを横目で見て、コウさんもまあいいやと真顔に戻る。
「俺たちは厳様の配下の天狗なのサ。普段はのどか様のボデーガードをしてんだけど、今回みたいな非常事態の時には警備員的な仕事もしてんだわ」
「非常事態?」
「ええ。だめじゃないですか八重木さん。人間をこの屋敷の中に入れちゃ。」
「え?え?あ、すいません…」
「まぁまぁ、知らなかったんだろ?仕方ねぇよなー。この屋敷は普段、オーサちゃんの魔法で人間は入れないようになってんだよ。結界?ってやつ?でも、八重木ちゃんが屋敷に入る時だけはその効力を無くすようにしてあるから、八重木ちゃんが人間連れてきちゃうと、そいつも入り込めちゃうんだよー」
「し、知らなかった…スイマセン」
(オーサさんがそんなたいそうな魔法を使えるとは…)
『商売上手』
「あれ?でもじゃぁ、さっきの観光ガイドと料金表はなんなんですか?」
「あ、コレ?これは」
じゃーんとコウさんが表紙を見せつけた。表紙には『全異人に告ぐ!人間界での定番☆お出かけスポット!!』と書いてあった。
「…つまり、皆さん向けの旅行雑誌ってわけですか?」
「その通りです。我々の界隈では発行部数1位の旅行雑誌です。」
「この洋館、結構人気なんだぜー!」
なるほど、そういえば館に滞在している留学候補生の数よりも、明らかに庭でのんびりしている異人が多いから不思議に思ってたんだった。
「普段庭園にいる異人は留学生3割観光客7割といったところです」
(儲かってんなー)
『八重木みえの日記④』
今日は友達を友達の家にあんないしました。
いかにお金をもうけるか、勉強になりました。
楽しかったです。