6、若山和の一日
『好き嫌いはいけません』
朝は小鳥のさえずりで起きる。
「お母さん、パパ、おはよう」
「おはようのどか」
「オハヨウ」
朝ご飯は三人揃って、家族専用のテラス席で食べる。お母さんはピクルス挟んだサンドウィッチ、パパは山賊料理。
「のどか、メロン食べたいなぁ」
「そうじゃのう、キュウリに砂糖かけると美味しいぞよ?」
うーん、それはメロンじゃないんだよなぁ
『羨望のまなざし』
朝ご飯が終わると、裏庭の瓜栽培所を見に行くのが日課だ。お母さんに見つからないようにするのがどきどき。
「あ、のどかちゃん。おはよう」
みえちゃんだ。
「おはよう!」
みえちゃんは最近、私の水やりを毎日見に来るのだ。真面目なみえちゃんはきっちりと庭師としての朝の仕事を終わらせてからくる。私はみえちゃんのそういう責任感の強いところが大好きだ。
「一瞬で、均一に、栄養たっぷりの水を…。ホースの動線にも、長さにも、操作にも煩わせることもなく、一瞬で…」
ぶつぶつとみえちゃんが何か言っているけれど、難しい言葉ばっかりでよくわからない。
みえちゃんは頭がいい!
『天才児とアホ』
それからお昼までの間は、お勉強の時間。
夏休みの宿題は計画的にやらないとね!
「よし、今日は読書感想文をかたづけよう!!」
課題図書は、ごんぎつね。
……だめだ、漢字が多くて読めそうにない。
「やっぱり今日は漢字ドリルをやろう」
そう思ってえんぴつを持ったとたん、急に眠くなってきた。
…………ハッ
「のどかしゃん、ぼくかわりにやっときました!」
気づいたら私のひざの上にたぬたくんが座ってて、代わりに漢字ドリルを終わらせてくれていた。
「たぬたくんって、何歳?」
「このまえ5さいになりました!」
そうかそうか~、あたまいいんだねぇ
『経理はにぎってるので』
たぬたくんに、いつものようにお礼のキュウリをあげて、バイバイする。
あっという間にもうお昼の時間になっていた。
「みえちゃん、もうきてるかな?」
厨房に行って幽霊シェフに二人分の冷やしそうめんを作ってもらう。
それをお盆にのっけて私は庭の東屋に向かった。
「いつもありがとうのどかちゃん」
「いいんだよ。経費計上しちゃうから」
不思議そうな顔をするみえちゃん。みえちゃんはお金の勘定にちょっと弱い。
真夏の太陽に照らされる庭は、みえちゃんのおかげでみずみずしい緑でいっぱいだった。
「それにしても、川流れするにはいい季節だよね」
「河童の…」
「?…あ、そうだ!みえちゃんもスイミングスクール行こうよ!」
「あぁ、なるほどプールで泳ぐことを川流れと表現するのかなるほど」
んーーみえちゃんは時々よくわからないことを言う。
『超小学生級』
「午後の庭仕事あるし、水着持ってないし、会費払えないし、私はいいやー」
というわけで、私はやっぱりいつも通り一人でスイミングスクールに向かった。
「オイ、若山和。勝負だ!今日こそオレが勝ってやる!!」
顔を赤くしながらそう言ってこぶしを握るのは、このスクールで私の次にタイムの速い、戸張龍くんだ。学区は違うけど、同じ小学5年生。
「うん。いいよ。今日は何の種目で勝負する?」
「今日はバタフライだ!!!おまえ、まだできないだろバタフライ!!」
確かに練習したことないな。
「いいよ」
トバリくんは自信満々だったけど、結果は私の圧勝で終わった。
「くっそーーーーー!!」
トバリ君が泣きそうになってる。
そんなトバリ君の隣で、コーチの先生がストップウォッチを見て声を震わせた。
「イヤイヤ、あなた達二人とも、タイムはジュニアチャンピョンレベルですからね…」
『魑魅魍魎』
スイミングスクールの帰りには、いつもトバリ君のお母さんがおやつをくれる。今日は豆腐ドーナッツだった。
お母さんにお迎えに来てもらって帰るともだちを見送って、私は一人、歩いて帰る。
いつの間にか町は夕暮れに染まっていた。
そこらじゅうの暗がりで、魑魅魍魎が跋扈する時間だ。
「おおい、そこのおじょうさん。飴をあげるからこっちにおいで」
ほらね、この時間はワルイモノがいっぱい。
無視してたけど、そのオジサンはねぇねぇとしつこかった。
「ちょっとさ、見せたいものがあるんだ。こっちにおいで」
オジサンがのどかにむかって手を伸ばす。その瞬間、
「ダメ!やめて!!」
「ごふぅっ!!」
オジサンが泡を吹いて地面に倒れた。
倒れたオジサンの背後には、ひょっとこのお面をつけた白さんと紅さん。
「もーダメだって言ったでしょ?やりすぎだよぅ」
『紅さん白さん』
「すいません、和様。」
と白さん。
「いやーでもサ、あいつ結構前からのどか様のことつけ狙ってましたよ?これでもダイブ我慢したんだけど」
と紅さん。
二人ともパパの配下の天狗さんだ。で、のどかのボディーガード。
「人間はなるべく傷つけないように!禁忌その5だよ。子供でも知ってるよ?」
「ですが和様、あいつは汚い手で和様にさわろうとしてました。万死に値する所業です。」
「のどか、その気になれば自分で逃げられたもん。」
「のどか様がー?ムリムリですよーここはお屋敷じゃないし、そしたらのどか様、飛ぶくらいしかできないじゃないですかー」
人間の前で飛ぶのは禁忌だし、と紅さんはいつも意地悪を言う。
「貴様、和様になんて口のきき方だ」
で、白さんにシバかれるまでが一連のお約束。
『もともこもない』
「では、手を繋いで帰りましょう。」
「白テメー抜け駆けしてんじゃねぇぞ!のどか様、俺とも!」
結局、私たちは三人仲良く手を繋いでお屋敷に帰ることにした。
紅さん白さんはいつもはのどかに隠れてボディーガードをしているけれど、危ない事が起こった日は堂々と姿を表していいんだって。
「毎日のどか様が危険な目に会えば、一緒にいられるのにな」
「………………」
紅さんが言うと白さんも黙って頷いた。
うーん、それは本末転倒な気がするけどねぇ
『存在すら』
お屋敷についたらよるごはん。
今日は、お母さんもパパもお仕事でいないから、大食堂で食べることにした。
「のどかちゃーん、こっち空いてるよ!」
ちょうどみえちゃんがご飯を食べてたからとなりの席に座った。
「のどかちゃんは夏休みの宿題やってる?」
「…うん、やってるよ」
(主にたぬたくんが)
「さすがだね~、私、まだ理科と社会のドリルしか終わってないよ」
「え!!理科と社会って宿題でてたの!?!?」
「知らなかったの!?!?」
びっくりして目を丸くしたら、みえちゃんも口をあんぐりあけて驚いていた。
「…のどかちゃん、今度一緒に宿題やろっか?他に見落としてる宿題ないか、見てあげるよ」
「え!いいの?やった~!」
みえちゃんは優しいなぁ。
『経理担当』
お風呂にはいって寝る準備をしたらあとはのどかのお仕事の時間。
「うーん、やっぱり水道代ガス代光熱費だなぁ。」
留学支援施設としての経理はのどかに一任されている。
「あの人魚、どうしてやろう…」
お金が絡むと時々物騒な言葉がでちゃうけと、仕方ないよね
「あ、そだ!」
人件費の明細に、新たな項目を追加した。
【庭師代 月5万】
みえちゃんに債務はないもんね!
みえちゃんが喜ぶ顔を想像して、のどかも「うふふ」とほほがゆるんでしまった。
のどか、ちょっとヘンタイくさかったかな。
でも、みえちゃんは “のどかのカリスマ性に惹かれることのない唯一の人間” だもの。ズル無しで仲良くしてくれるのが嬉しくてたまらないんだ。
ほかほかした気持ちでのどかはべっとにもぐりこんだ。
おやすみなさい。
『八重木みえの日記③』
今日はのどかちゃんといっしょにお昼ごはん、夜ごはんを食べました。
のどかちゃんはやさしいけど、ちょっとぼんやりしているところがあってはらはらします。わたしがしっかりしなくちゃなと思いました。
楽しかったです。