最終話、異人館へようこそ!
『唐突すぎやせんか』
のどかちゃんは成人の儀とかいうもので、厳さん高潔さん共々しばらく館からいなくなってしまった。
その隙にという訳でもないが、私たち八重木一家は、町外れのボロアパートに引っ越した。
暮らして、一週間になる。
朝。
「おはようダーリン」
「おはようハニー」
甘すぎる会話で始まる八重木家の朝。
朝ご飯を食べる前から若干胃もたれしながら、ちゃぶ台の前に座る。
「典子はほんと、変わらねーな」
ごはんを食べながら、お父さんがしみじみと言った。
「ウチは外見変わらんもん」
「俺は十年ぶん年取ったがな…」
「幾つの四方ちゃんだってステキやで。死ぬその時まで愛しとる」
「んもー!のりぴーったら!」
この人たちは一生こうなんだろうな。何となく羨ましい気がした。
「あ、そういえば」
わたしが学校に行こうと玄関扉を開けたその時、お父さんが言った。
「俺たち明日からイギリスに行くぞ。準備しとけな」
「なんですって!?!?」
『だってあの両親の言う事だし…』
学校。
父親の衝撃発言を問い詰める時間もなく、とりあえず学校に来た。
「よぉ八重木」
靴箱の前で頭に出席簿が乗せられた。井上だ。
「転校手続きは済んだからな、朝の会でみんなに挨拶するか?」
「あ、引越しってほんとなんだ」
「え、そこから?」
『お前かよ』
挨拶なんて柄じゃないし断った。
井上が教壇に立つ。
「えーみんなにお知らせがあります」
(あれ?別にいいって言ったのに…)
「俺学校辞めます」
「まじで!?!」
「てか辞めました」
「!?!?」
困惑を隠せないわたしたちの前に、違う先生が現れる。
「あのー、学校は部外者立ち入り禁止なんで…あ、私、新しい先生です」
(すっかり不審者じゃんか井上)
『デジャヴ』
井上はあっさりと教室から出て行った。
じゃあねー、と最後に手をひらひらさせていたが、あれがわたしたち生徒と井上が交わす最後のやりとりになるんだろう。
そして、実感はないけど、私が学校に来るのも今日で最後らしい。
学校が終わり、家に帰る。
「え…?」
ボロアパートの前まで来て、そこでわたしはやっと気づいた。
「家が、ない…!」
『説明になってない』
いつかの時みたいに、玄関に差し押さえとか書かれてるわけでもなく、本当に物理的に家がなくなっていた。
つまり、アパートのあった場所は、綺麗に更地になっていた。
「なんで!?え?お父さんとお母さんは!?!?」
「みえー」
呼ぶ声に振り向くと大きな風呂敷包みを背負った二人がこちらに手を振っていた。
「どうしたの二人とも?!てか、家は!?」
「いやー、色々あってな」
「ウチら、引っ越すでな~」
「それは朝聞いたけど!??」
『私のために世界は回っている』
「みえちゃん!」
懐かしく愛おしい声に振り向けば、そこには元気そうなのどかちゃんがいた。隣にはオーサさんもいる。
「のどかちゃん!成人式は終わったの?」
「うん!」
「ずいぶん長かったね。…寂しかった」
「のどかが司る山を決めて来たの。でも既存の山だと誰かしら所管してる天狗がいるし、いない山じゃのどかの格に見合わないからってことでなかなか決まらなくて…結局、新しい山を作ることにしたんだー」
「天変地異ですねそれは?」
『聞いてないもん』
太平洋の端っこに作るから大丈夫ーみんなに迷惑かけないよ、とのどかちゃん。
そういう問題ではないような気もするが、
「そうだ、聞いてのどかちゃん、私が住んでたアパートが消えちゃったんだ」
「実はね、のどかのたち新ビジネスを始める予定で。そのために敷地を拡大したの」
「なるほど?」
(…それと、アパートが消えるのにどんな関係が?)
「ここはうちの敷地になるんだよ。ここら辺一帯にね、どでかい新館を建てる予定なの!アパートの管理人さんには了解とってたはずなんだけど、聞いてない?」
「聞いてない!」
「聞いてたぞ娘よ」
「ウチらそもそも一週間でイギリス行く予定だったからな、それまでの仮の拠点としてタダ同然で住ませてもらってんやで」
「聞いてない…」
「それでね?」
のどかちゃんがキラキラした目でわたしの手を取った。
「敷地が増えたでしょ?今、庭師が足りてないんだ」
「…」
のどかちゃんの意図するところが、わたしの想像した通りのことなら、それは嬉しいことだった。しかし、すぐに両親のことが頭に浮かび、嬉しい気持ちは悲しい気持ちへと変わる。
「あのね、のどかちゃん、わたし…」
「のどかね、みえちゃんが初めてできた友達だったんだ」
わたしの言葉を遮ってのどかちゃんが熱っぽく言った。
「まだ仲良くなってから数ヶ月しか経ってないけど、みえちゃんのこと、すごく大切に思ってるの。ずっと一緒にいたいなって、そう思っちゃって。これからたくさんのこと、嬉しいことも悲しいことも一緒に立ち向かえたら、のどかたち最強だと思うの!」
「のどかちゃん…」
気づいたら涙が溢れていた。
のどかちゃんに出会う前の夏は灰色だった。一人ぼっちで退屈なくだらない日々だった。
でも、今年は違う。色とりどりに彩られ夏の花のように鮮やかな思い出がいくつもいくつも脳裏に咲いた。
「一緒に、お庭でそうめん食べたね。のどかちゃんの水やり羨ましかったな。東京から飛んで帰って来たこともあったよね。一緒になって風邪ひいて、変な病院にも行ったし、そうそう、夏休み最後の日、一緒に見た花火綺麗だったね…」
「みえちゃん」
のどかちゃんがわたしの涙を指ですくう。
「わたし…わたしは、若山家の庭師です」
お父さんたちをしっかりと見て、わたしは叫んだ。
「だから、このお屋敷にいたい。イギリスには、行けない!!」
「みえ…」
お父さんとお母さんがわたしの肩を優しく叩いた。
「分かった。言ってくれてありがとう」
「ほんま、大きくなったなぁ、みえ。何かを決断するのは大人だって難しい。…自分の気持ちを大切にせえ」
「みえちゃん、おかえり」
オーサさんが杖を手に、にっこりと微笑んだ。
「さあ、そうと決まれば引越しよ!」
オーサさんが杖を掲げる。足元に、巨大な魔法陣が広がった。
ゴゴゴゴゴ
地面から生えるように巨大な洋館が現れた。
どこからともなく高潔さんと厳さんも現れる。
「さあ、新館の竣工式デス」
「わらわもひと肌脱ぐぞ」
高潔さんが指パッチンすると地面から色とりどりの草木が生え、あっという間に洋風の庭園が整えられた。
「で、ここが八重木一家のお住まいよ」
オーサさんが杖で示すと、木材がひとりでに宙を舞い、みるみるうちに小洒落たロッジが出来上がった。
「八重木一家?でもお父さんたちはイギリスに」
「そして、これがイギリスへ直通の魔法の鏡!」
オーサさんが、豪奢な姿見を出現させた。
「この鏡をくぐると、イギリスにある対の鏡に通じるのよ」
お父さんが両手を広げて満面の笑みで言った。
「だからみえ!俺たち家族三人で暮らせるぞ!今日から、あれが俺たちの家だ!!」
「楽しみやなぁ、みえ!!」
「さ、先に言ってよー!!!」
周囲にはいつの間にか見知った顔がずらっと並んでいた。
白衣のポケットに手を突っ込んでモモコ先生がわたしの隣に立って、新築ピカピカの新館を見上げた。
「若山家の竣工式と聞いてな。あ、みえちゃんまた庭師続けるんだって?これからも薬草の調達よろしくな」
横にいたヒューゴさんがニコニコとわたしを見つめてくる。
「りちぇたん、今日はケモミミ生やさないのであるか?」
ぽこっとヒューゴさんを殴って、またモモコ先生。
「こいつ、結局うちの病院で雇うことにしたんだ。もう、就職の見込みないから…」
「婿に入ったであーる!」
「違うだろっ!何言ってんだお前!!」
羽交い締めにされるヒューゴさん。
(…見解の相違があるようだ)
つんつん、と、わたしのスカートを引っ張る小さな手があった。
「おねえちゃん、気づけてよかったのね」
「キサちゃん!…そうか、気づかないと死ぬって言うのは、私が天狐と人間のハーフだって事実のことだったの?」
「そうなの。強すぎる妖力は自覚しないと身を滅ぼすから。あげたまんじゅうはそれを一時的に防ぐ封魔のまんじゅうだったの」
「そうだったの、心配してくれてありがとね」
「ううん。…キサは、異人の心は読めないのね。でもこれからもよろしくね」
「もちろん!」
「みえちゃーん!」
「みえ殿」
楢崎さんとシガレッティさんだ。シガレッティさんはちゃんと人型をとっている。
「お、来たな生徒一号」
井上がタバコをふかしていた。『スタッフ』と書かれた黒いTシャツを着ている。
「井上!?」
「敷地内はタバコ禁止だよー」
井上のタバコにお札をペタッと貼るは、これまたお揃いのTシャツを着た藤田さんだ。
「生徒一号?」
「すぅちゃんは、異人界へ留学する人間第一号なんだヨ☆」
「もの好き…と言いたいところだが、大事な顧客でもあるからな、扱いは丁重にだ」
紅さん白さんも井上藤田と同じスタッフTを着ている。
「私、シガレッティさんの故郷に留学するの!」
と、楢崎さん。
「それはまた…準備が大変そうだね」
「そうだね、ノルウェー語の勉強が大変だよ~」
(あれ?普通に海外留学?)
そうこうしているうちに、旧館に滞在中の異人さんたちや、働くスタッフがわらわらと集まってきた。
キョンティーナさんはじめ、座敷童先生、陽気なドラキュラさんや天使さん、幽霊シェフや猫又のミャーさんもいる。
「新館、完成おめでとう!」
誰かが言って大きな拍手が巻き起こった。
「みえちゃん、手」
背に美しい黒翼を生やしたのどかちゃんが私に手を差し伸べた。
私が促されるままにのどかちゃんの手を握ると、のどかちゃんは大きく羽ばたいて、どこまでも広がる青い空に舞い上がった。
眼下に大きく敷地を広げた若山邸が見える。
これから始まる毎日を思って、わたしは胸を躍らせた。
のどかちゃんが、太陽の光を浴びた大きな瞳を、宝石みたいにキラキラさせて、言った。
わたしはその言葉に笑顔を弾けさせて、大きく頷く。
「異人館へようこそ!」




