3、運営スタッフ
『女中頭たぬこ』
夏休み一日目。
朝。
「おはようございます」
「おはようございます…?」
(誰?)
油っけのない黒髪を低いところでお団子にまとめた女性。歳は三十代後半かな?疲れた顔をしている。なんというか幸薄そうな人だ。
「みえさんですね。新しい庭師だとか…」
「はい。あの、あなたは…?」
まだ朝の4時だ。
「私はこのお屋敷の女中頭のたぬこと申します…女中頭と言っても女中は私しかいませんが」
この人、表情筋が死んでるんじゃなかろうか。目に光はないし、何を言うときも無表情だ。
チッと舌打ちが聞こえた
「庭師不在の間、簡単な業務を代行していたのであなたに引き継ぎせよと大奥様からのお達しでして。」
「ああ、そうなんですね!それはたすかります!」
また舌打ち。
聞こえるか聞こえないかくらいの声音でたぬこさんが呟く。
「…まったく面倒な仕事押し付けやがってくたばれってんだあのくされがっぱ…」
(うわーんなんかこわいよーーー!)
『名は体を表す』
たぬこさんの指示で水やりや雑草の除去、枝木の剪定や肥料やりなどをこなすと、あっと言う間に時間は過ぎていつのまにか太陽は高く上がっていた。
「おや、もうこんな時間ですか。朝御飯の時間ですね。…大体のことは教え終わりました。わからないことがあればこのマニュアルを読んでください。くれぐれも私に聞かないように」
黄ばんだマニュアルはずっしりと重かった。
「あの、たぬこさん。最後に1つ教えていただきたいのですが」
「チッ。なんですか?」
「(舌打ちこわい…)たぬこさんも、人間じゃないんですか?」
「当たり前です」
「ああ、じゃぁやっぱり狸なんですか?」
「なっなぜわかった!」
(いやだって、名前たぬこさんですし…)
『狸鍋』
「私の正体を見破ったくらいで調子に乗るなよ人間」
「はぁ。すいません。」
「…旦那が狸鍋にされたのです。」
「へ?」
「人間に化けていたのに、酔っ払って正体をさらしてしまったのです。」
「それで、食べられてしまったのですか?」
「いいえ。旦那は賢い狸で…。彼は危険を察した瞬間、鉄鍋に変化したのです。そして今では、彼は毎日毎日、業火にあぶられる日々を送っています。人間め…悪魔のような所業でしょう?」
「いや、鍋なんでしょ?」
「あぁ、人間とは、なんて残酷な生き物なのでしょう!旦那は哀れ、火炙りですよ」
「そりゃ、鍋だからね?」
『ビジネス目的の留学が流行りです』
「そう言うわけで、私は人間が嫌いなのです」
「やっぱり、そう思う人外さんは多いのでしょうか?」
「…あなたは阿呆ですか?みんながみんな人間が嫌いだったら人間界への留学支援施設なんて商売、成り立たないでしょう?」
「そ、そうですよね!よかったー。みんな、人間と仲良くしたいからここに来てるんだよね!」
「あとは、うまく人間社会に溶け込んで餌の調達を楽にしたいとか、憑りつく人間の品定めの為など、ニーズは色々ありますね」
(嫌いでいてくれた方がマシだったー!)
『運営スタッフ』
大食堂に向かうと、テーブルは人外の者たちでごった返していた。
(あんまり、目を合さないでおこう
幽霊シェフが目の前でお好きな卵料理を作ってくれるサービスがあった。目玉焼きを注文して、席に向かおうとする。
「おーい、スタッフさんは端っこの席だぜい」
幽霊シェフが教えてくれた場所は、食堂の片隅、6人掛けの丸テーブルだった。
今はそこに女の子が一人だけ座っている。
(中学生くらいのお姉さんだ。人間にしか見えないけど…)
肩までの黒い髪を三つ編みにして、前髪はぱっつん。サンドウィッチをかじる桜色の唇はみずみずしい艶を放っている。服は黒色のセーラー服だ。
(もしかして、私以外にも人間を雇ったのかな?)
「おはようございます。隣いいですか」
「き………きゃぁぁああああああ!わっわたしに近寄ると呪われるわよっ!!!!」
(…電波さんかな?)
『人間です』
「あっ、あなた、その稲穂色の髪、そのつり目、その尖った犬歯…わかったわ。あなた、狐が人間に化けてるのね。騙されないわよ」
「イヤ、人間です」
(八重歯はチャームポイントです)
「え…?そうなの?なんだ。…私はオーサ・カーニング。魔女よ」
オーサさんが胸に手を当てて、どやっとした。
「魔女…つまり人間ですよね!よかったぁ。仲間がいて」
「へ?イヤイヤイヤイヤ、違うわよ。私は魔女よ」
「魔法が使える人間の女性ってことですよね!」
「魔女なのっ!人間とは違うのっ!」
(泣きそうになってる…)
『魔女と人魚の因縁』
「ふーん、アナタ庭師なんだ。私はね、この留学支援施設の要を担う存在なのよ」
「どんなことをしてるんですか?」
「主に、異形の方々に魔法をかけて人間っぽい姿かたちにしてあげるのが仕事よ。自力で化けることが出来るモノばかりじゃないからね」
「へーすごいですね」
「私のおばあちゃんは偉大な魔女でね。とある人魚に足を与えてとある王子との仲をとりもったっていうのが有名なんだ……私も同じ偉業を成し遂げたいんだけど、この屋敷の人魚はまるでやる気がなくて」
「お風呂が恋人みたいになってましたもんねキョウティーナ・コト―さん」
『魔法少女☆オーサ』
「オーサさんはどうして中学校の制服を着てるんですか?」
「これ?あぁ、夏休みなのになんでってこと?ふふん、小学生には分からないわよね…」
「え?」
「あ!もうこんな時間!部活に遅刻しちゃう~~~!!」
そう叫ぶとオーサさんはテニスラケットを抱えて、走り去ってしまった。
「学校、普通に通ってるんだ!!!??」
(やっぱり、どう見てもただの女子中学生(*魔法が使える)だよなぁ)
『バレバレでっせ』
午後の水やりの時間まで暇になったので、庭をぶらぶら散歩して回ることにした。
館の裏手に回る。
(こっちは、日本の雑木林に近いなぁ)
表側はイギリス庭園もかくやと言うような感じの、バラやらハーブやら噴水やらでメルヘンチックだったが、ここは松の木や桜の木や梅の木やらで、なんとなく落ち着いた雰囲気だ。
「あれ、あそこなんだろう」
遠くに一カ所、不自然に木々が植わっている場所があった。まるで何かを隠すかのように木が整列している。
不思議に思って覗いてみる。
「あ、のどかちゃん」
「わっ。わああああああ!みえちゃん!どうしてここに!?」
「ちょっと散歩してただけ。のどかちゃんはここでなにしてるの?」
「わっ、わたし!?いやいや、何にもかくしてないよっ」
ぴゅーぴゆーとへたくそな口笛を吹きながら両腕を広げて、何かを隠そうとしているのは明らかなのどかちゃんの背後には、浩然と広がる畑が見えた。
「うん、隠れてないね。丸見えだね」
『瓜偏執狂』
「これは…」
畑に植えられていたのは、一目で分かるやつでいうとキュウリやゴーヤ、へちまやズッキーニ。あとは地面にへばりつくようにして生えているもので、あれはスイカ?よく見ると、メロンも植わってる。
「どうしても、ウリ科の植物を全部食べてみたくて…。私のお母さんキュウリ至上主義者だから我が家へのキュウリ以外のウリ科の持ち込みは禁止されてるんだ」
「だから、自分で育てようと?」
「うん。種の持ち込みならバレないから。…みえちゃん、お願い。このこと、絶対にお母さんに言わないでほしいんだ!!」
「わかった。言わない」
「よかったーー。告げ口されたらどうしてやろうかと思ったよ~。」
(物騒だな…。)
『河童パワー』
「それにしても、こんなに広い畑を自分一人で管理してるの?」
「うん。誰かにバレちゃあ、事だからね。水撒きも雑草抜きも全部自分だけでやってるよ」
「す、すごいなぁ。作物を育てるのって、すごく難しいイメージあるけど」
「あ、それは大丈夫なの。私河童だから」
ニコッと笑ってのどかちゃんは両手を広げた。彼女の、垂れ目がちな大きな瞳が翡翠色に光った。両サイドでハーフアップにまとめた短い茶髪が風もないのにさわさわとゆれる。
「うそ」
見る見るうちに、彼女の白い細腕に透明な水が渦を巻いて集まり始めた。
のどかちゃんが、号令を出すかのように腕を振る。
はじけ飛んだ水が畑全体に均等に降り注いだ。
「ね、簡単でしょ?」
「エ、どこが!??????」
『農家的にはチート』
「さっきの水はねぇ、冨栄養湖から取り寄せた一級品なの。あの水さえあげてればどんな作物もすくすく育つんだよ」
「のののののどかちゃん、あなたって、本当に河童だったんだね…」
「まだ、これくらいしかできないけどね。お母さんくらいになると天変地異級の自然現象も引き起こせるみたい。」
(高潔さん、怒らせないようにしよう…)
その時、茂みが我さっとゆれて、何か小さな影がさっと畑を横切った。
通り過ぎた後には、無残に引きちぎられた育ちかけのキュウリがあった。
「やさいドロボウ!?」
私が叫ぶとのどかちゃんが目を碧に光らせた。
一瞬後には、のどかちゃんが捕まえたのだろう、水流にくるまれた何かがふよふよと宙を漂よってきた。
「きゅうりの命を奪った罪はおもいよ」
のどかちゃんの冷たい声が響く。
「ご、ごめんなひゃい…うわぁああん」
水に捕縛されて泣いていたのは、まだ小さな男の子だった。
『買収用にストックしてあります』
「あ、たぬたくん?」
(聞き覚えのある名前だな)
「のどかしゃん。ごめんなさい。ぼく、ぼく…」
「ううん。いいんだ。キュウリのことは許せないけど、何か事情があったんでしょ?」
「きゅうり…ぼくのおとうさんに持って行ってあげようと思ったんです。ぼくのおとうさん、鍋に化けたまま戻れなくなっちゃって、食器棚の奥でひもじい思いをしてるにちがいないから」
(やっぱり!たぬこさんの息子か!!!)
たぬたくんは、泣きながら、タヌキの耳と尻尾をポンポンと生やした。
「うちの息子が失礼をしたようで…」
いつの間にか、たぬこさんが背後に立っていた。全く気配なかったんですけど、ニンジャ?
「たぬこさん、いいえいいんです。お父さんに食べ物をもっていこうとしていたみたいです。」
「だめです。申し訳が立ちません。どうかこれを」
詫びの品かな?何かを差し出すたぬこさんに、最初はいいですよーと首を横に振っていたのどかちゃんだったけど、その品を見て、顔色を変えた。
「こっこれは…!」
「はい。既に販売中止となっております、パプシカーラのキュウリ味です。賞味期限はまだ大丈夫ですので、どうぞお納めください」
「いや、それすごいマズイって有名な奴だよね?!?!!!!」
しかし、のどかちゃんは「い、いいの!?」と感涙している。
本人が嬉しそうなら、まぁいいけどさ。
『河童の川流れ』
パプシカーラ(キュウリ味)をのどかちゃんが至福の表情で飲んでいる。
「そうか、オーサちゃんにはもうあったんだねぇ。そしたら、スタッフ側で会ってないのは、あと先生だけかなぁ」
「せんせい?」
「そう。座敷童先生。財界・政界に広く顔が効いて、留学候補生たちの受け入れ先を見つけてきてくれるすごい人だよ」
座敷童…。
おかっぱな女の子のイメージが強いけど、財界・政界にコネクション持つって何者だろう?あ、座敷童か。
「今日は新規受け入れ先の開拓のために外活してるから、紹介できるのは明日だね。…あ、もうこんな時間!」
「?どこか出かけるの?」
「うん。スイミングスクール通ってるんだ!みえちゃん、また明日ね!ばいば~い」
「バイバイ…」
いいな、スイミングスクールか。ん?
(のどかちゃん、河童なのに!??!!????)