20、家庭訪問ー後日談
どこかの企業の社長室、のような趣の部屋。マホガニー製の机の前に井上が立った。
高層ビルの一室なのだろう、背後の窓ガラスからは都会の夜景が一望できた。
マホガニー製の机には、シロクマのぬいぐるみが置いてある。それが機械音を立て喋った。
「それで、結果は」
「あー、それがっすね。何も感知できなかったんすよ。物証なしっすわ。会うやつ会う人みんなフツー。いやまじでまじで」
「……見当はずれと言うことか」
「はい。――――――つーのは嘘で」
シロクマのぬいぐるみが、生きているかのようにピクリと表情を動かした。
「得られたものはなかったけど、無くなったものがありました」
「…と言うと?」
「俺のロザリオが無くなった。多分、濡れた背広脱がされた時…あの女子中学生に殴られた時だな。『不都合だから奪った』。それが、あいつらが 異人(俺たちの追う獲物) だっていう証拠っすわ」
「…でかした」
シロクマのぬいぐるみが心なしか笑ったように、井上は感じた。
「これは、チャンスだ。強大な結界に阻まれて今まで調査ができてなかったが、教師という立場を手に入れた今、公務員の信頼性と特権を生かし調査し放題という訳だからな。引き続き頼んだぞ。日本異人取締協会としては異人共を人の世へ斡旋している団体の存在を許してはならん。断固!阻止だ!」
シロクマ人形の腕がいきなり動いたので井上は内心どきりとした。
「期待してるぞ井上室長。君の退魔の能力には目を見張るものがあるからな…1000年に1人の逸材とでも言おうか」
「んなアイドルの宣伝文句みたいな」
「一掃してやれ。異人どもには、死を。」
無機質な機械音。無表情のシロクマ。それがどうにも異様な雰囲気を漂わせている気がして井上は背中に汗をかいた。
(…この人は一体…)
廊下に出ると、井上は大きく息を吐いた。
「主さん、どしたい」
「トラ…」
「心配したじゃねぇか。ぱくぱく。気配が消えちまうんだもの。もっちゃもっちゃ。俺っちの大事なエモノが横取りされたかと、くちゃくちゃ。思ったじゃぁねぇか…ごくん」
「お前…何食ってんの」
「んぁ、そこらにいた悪霊」
「腹壊しても知んねーぞー…まぁいい、さ、帰るべ」
「あ、主さん。家電気つかないぜ。家賃滞納してっからに」
「え」
貧乏に世間は容赦ない。ニットキに給料交渉(ベア要求)でもしようかなと、ふと思う井上であった。
「うまくいったね」
家庭訪問が無事済んだ後、みえ、のどか、高潔、オーサ、たぬこの5人は反省会と称して館の談話室に集まった。
「ええ、皆、名演技じゃった!」と、顔を綻ばせる高潔。
「オーサさんなら、ベース人間だからバレないし、井上の武器の在り処も検知できるし…」
「武器がネックレスだって知った時は焦ったわぁ。鞄に入ってるとかならやりようがあったのだけれど」
「殴ったのは計算?」
「まっまあね!…それにしても、最初に武器を奪った上で屋敷に導き、能力封じの効果がある着物を着させて、荷物を奪い丸腰にさせた上でダメ押しに記憶を曖昧にする薬の入ったワインを飲ませる…よくここまで周到に考えたわよね」
「さすがだね!たぬこさん!」と、のどかちゃん。
「恐れ入ります」
たぬこは折り目正しく頭を下げた。
「ワラワの変化も完璧じゃったしのう!」
そう、いくら能力封じの着物を着せていたところで大妖怪たる高潔の気配は隠しようがない。そこで、高潔の姿に化けたたぬこが変わりに対応に出たのであった。
「恐縮です」
皆、うまく井上を出し抜けたことに安心して、期末テストの後みたいに開放的な気分で笑っていた。
これで、またいつも通りの日々が始まる…。
そう思って安心していた面々が、それが大きな間違いだったと気づくことになるのは遠くない先の話である。




