1、お引越し
わたし、八重木みえ、10歳の小学生五年生。
今日、住む家が無くなりました。
*
夏休みに向けて持ち帰らなきゃいけない道具箱や絵の具セットを背負い、家に向かう。
向かうは、売れない歌手(自称)の父さんと暮らすボロアパート。エアコンないし、帰りたくてしょうがない家でもないけど、大荷物をはやくどうにかしたくて私は家路を急いだ。
「ただいま」
やっとたどり着いた見慣れた玄関。でも今日はなんだか違和感がある。
よく見てみれば、玄関に見慣れない赤い紙が貼られていた。
何か書いてある。えーと、なになに。
【差し押さえ】
サシオサエ...?
『そこには住めない』
「おお、帰ったかみえよ」
「お父さん!!ちょ、サシオサエってどういうこと!?」
「どうもなーこの前飲み屋でサインを求められたんだが、あれが借金の連帯保証人の契約書だったみたいでなー。お父さん、一夜にして借金500万円になっちゃった!」
「てへ、じゃないよ!このバカ親父!おうちがなかったら今日からどうするのさ!」
「心配ないぞー寝る場所ならちゃんと用意してある。ほら」
と、取り出したるはTHEアウトドア用品の寝ぶくろーーて、
「場所っつーかそれ寝床な!」
『法的効力は最上級』
「て言うかなんで契約書なんかにサインしちゃったの」
「いやぁ、いつものバーで歌ってたんだがなぁ、珍しく客に声かけられて『歌が気に入ったから一緒に飲め』とウィスキーを奢られたんだ。そいつがまた面白いやつで、サインくれって言うからあげてやったわけよ。歌手としてのサインだとばかり思ってたがまさか保証人の署名だったとは」
「でも、そういう契約書ってふつうハンコ押さないと有効じゃないよね」
「ああ、それなら押したぞ。拇印をな!!」
「その時点でおかしいと気づけ!!!」
『噂をすれば』
「その飲み屋であったやつって、どんなやつだったんだ?」
「いや、やけに派手な柄の…あれは何て言うんだ?男物の浴衣みたいなのを着てよ、大柄な男で髭がぼうぼうと生えていたのを覚えてる」
「あとは?」
「あとはーああ、珍しかったんで印象に残ってたんだが、太い眉の下から覗くつぶらな瞳はな、よく見ると青かったんだ。彫りの深い顔立ちだったし、あれは倭人ではないかもなー」
「…ねえ、もしかしてそれって」
私は親父の背後を指さした、
「あんな人じゃない?」
ぼうぼうとひげを生やした大男が、くそおやじの背後で片手をあげた。
「今晩は」
『自業自得』
「あーー!おまえ!あのときの!」
「八重木四方さんですよね。さがしましたぞ」
「お前!騙したな!借金の連帯保証人だなんて聞いてないぞ!!!」
「なにをおっしゃる。この負債は貴方自身に帰属するものですぞ。つまり、貴方が壊したワタシの腕時計の弁償代500万というわけです」
「え?」
「酔っ払って覚えてないのでしょうか?ほらここに契約書」
そこには確かに、【私八重木四方は弁償代とし500万払います】と書いてある。
「あとこれが四方さんに壊された腕時計です」
腕を頭の後ろで組み、口笛を吹くくそ親父
「お父さん…」
『異議あり!』
「俺が壊したってしょうこはないはずだ!」
「あのバーには現場を見ていた人が一杯いますぞ」
「決定的とは言えないね!」
「ならこの写真をご覧に入れましょう」
酔っぱらった父さんがお酒の入ったコップに腕時計を浸してピースしてる
「決定的だね…なにか異議ある?」
「~~~~!そもそもな、500万なんてバカ高い時計してるやつが悪い!!」
(人のせいにした!!!)
『突然当然の拉致』
「で、賠償金500万、どう返されるおつもりですかな?」
お父さんは財布を逆さにして振った。茶色い硬貨が数枚落ちてきた。
「うーん、五十円か。わずかばかり足りないな」
「そうだねゼロが五つほど足りないね」
(あとおまえのおつむもな)
「こうなればイタシカタアリマセン。紅!白!」
大柄な男が指パッチンすると、お面を被った細身の男性が二人、どこからともなく現れた。
「歌合戦?」
とかほざくお父さんの両腕をガッチリつかむと、こうさんとはくさんは脇に止まっていた白いバンの中にお父さんを引きずっていった。
「さよならお父さん…」
『仕事とは辛く大変なもの』
「みえさん、でしたかな。貴方はどうしますか?貴方に債務はアリマセンから何をするのも貴方の自由ですよ」
「お父さんはどうなるんですか?売っちゃうんですか?」
「彼を売ったところで大した金にはなりません。ですので、彼にはウチで働いてもらいます」
「危険な仕事?」
「ええ。炎天下のもとでのきつい仕事です。指を切ったり刺されたり、薬にかぶれることもあります」
「やっぱり。つまりそれってヤーさ」
「はい。庭師の仕事です」
『衣食住の確保がなにより大事です』
「庭師!?」
「棘や葉っぱで指を切ったり虫に刺されたり防虫剤で手がかぶれたりと、きつい仕事ですよ。ワタシの家の庭は広いのでね、彼には庭小屋に住みこみで働いてもらおうと考えています」
「みえー引っ越しだぞー早くおいでー」
ロープでぐるぐる巻きにされたお父さんがのんきな声で呼んでいる。
「…なっなるほど。ちなみにですけど、ほら、よくあるじゃないですか。…【住み込みバイト募集中!…
わたしは次の言葉に力を込めた。
…三食補助付き!】…っていうの」
「庭師に飢え死にされては困りますので、食事は提供しますよ。朝夕の二回ですがね」
「っしゃあ!引っ越しじゃあ!」
拳を振り上げて喜びの舞を踊っていると大男があごに手を当てて、しげしげとつぶやいた。
「なにやら元気なお子さんですね…」
『お屋敷』
「こ、これは」
古めかしい洋館。しかもデカイ。厳めしい鉄の門から玄関までがまず遠い。広い敷地にはさまざまな花が咲き乱れていた。
「あのおじさん、一体何者なんだろうか」
「そういえば名前すら知らねぇな」
「ワタシですか?ワタシは若山厳と言います。この家はね、妻の一族が所有している由緒あるお屋敷なんですよ」
「婿養子ってやつか。わかるぜ俺もそうだった」
「そうなの?」
「まあ、そうさな。そうか、みえには言ってなかったな。...しかし、嫁さんの実家で暮らすなんて肩身か狭いだろう!大変だなーおめーさんも!!」
「イイエ、羽が伸ばせて居心地がいいですよ」
そう言う若山さんの背中には文字通りの羽。翼。Wing
「まてまてまてまてまて!!羽ってそういう!??!!」
『◯◯屋敷』
「厳さんよ、そりゃないぜ。ウチのみえちゃんならともかく、中年のおっさんがそんなコスプレしてても萌えねーよ。しかも黒い羽とか、なに?堕天使なの?漆黒のエンジェルなの?」
「堕天使ではありません。ワタシは天狗です」
「…」
一瞬の沈黙。のち、父娘でデュエットした。
「「まーーーたーーー、そんなご冗談を!」」
ヒラヒラと手を振るお父さんの後を、ろくろっくびが首をそよがせながら歩いていった。かと思えば、飛んでいたコウモリが若山さんに向かって「お疲れちゃんでーす」と声をかけていたりする。
「えっと、つまりここって、妖怪屋敷なんですか?」
「というより、魑魅魍魎屋敷ですね。」
(なんだそれ!!)
『ちみもうりょう屋敷』
「つまりですね、ここは世界の裏側に住むものたちの為の人間界への留学支援施設なんですよ。裏側に住むもの...日本だと妖怪が有名ですが、他にも幽霊や精霊や神様。世界に目を向ければ吸血鬼や狼男やイエティ、ゾンビ、キョンシー、ネッシー、等々。異なる理のなかで存在するものどもを分け隔てなく受け入れる施設なのです。ワタシはここで、理事長をしております」
(ネッシー…?)
色々と突っ込みたいこともあるが他に選択肢はない。私たちは案内されるままに庭師小屋に向かった。
庭師の小屋は広大な庭園の片隅にあった。
ワンルームのログハウスたけど、電気ガス水道は通っているので最低限の暮らしはできそうだ。
並べた布団にねっころがって、裸電球のスイッチを切った。
「なんか、変なことになっちゃったね」
「そうだな。問題だらけだ」
「そうそう、天狗とか吸血鬼とか、いみわかんないよね」
「いや、それよりも問題なのは、お父さんは植物を育てたことがないといういことだ。庭師って、何やればいいんだろうな」
「…マジで?」
(そりゃ大問題だわ…)