領主の猿と農民の娘
昔、ある国に仲のよい二人の男の子がいました。
一人は領主の息子で、もう一人は農民の息子。
二人は身分の差を感じさせない程の絆でした。
そんなある日、領主の息子はお父さんに贈り物をいただきました。それは息子が以前から欲しがっていた猿でした。
動物の贈り物なんて珍しいので、領主の息子は近所の村人達に見せて周りました。その人々も愛くるしい猿の仕草に心を躍らせていました。
すると、領主の息子と仲のいい農民の息子がばたりと出くわしました。
皆はまた仲の良い二人の姿を見れるのだろうと思い、笑みを浮かべていました。
が、その瞬間、なんと農民の息子は領主の息子を殴りつけたのです。
「猿なんて汚らしいものを飼うな、僕は猿なんて大嫌いなんだ」
周りの大人たちも、領地を分け与えてくれている領主の息子に何かあると、近くで見ていた自分たちも咎められると思い、必死で農民の息子を止めました。
しかし、努力も空しく、農民の息子の手によって猿は殺されてしまいました。
領主の息子はいても立ってもいれず、父である領主にそのことを言いつけました。あの農民の息子が贈り物の猿を殺したこと。そして、そのことを周りの村人も見ていたのできっと証明してくれると。
領主はさっそく村人達に、その出来事について聞くことにしました。
しかし、領主の息子の思いは儚く、村人達は嘘をついたのです。
あの子は猿を殺してはいない、あの猿は逃げたんだ、と。
その周辺の村人達が皆、口をそろえて言うものだから、領主も信じるしか他なく、息子に逃げてしまったなら仕方ない、と慰めの言葉をかけ家に帰って行きました。
領主の息子は思いました。村人達は自分たちの身の安全を考え嘘をついたのだと。
本当のことを言うと、自分たちにも罰が下るからだ。
その事件があってから一週間ほど姿を現さなかった領主の息子でしたが、やはり子供というのは立ち直りが早く、その後もその農民の息子と仲の良い関係を続けていきました。
それから十年が経ったある日、農民の息子の家の前に、幼い娘が捨てられていました。
最近親を亡くした農民の息子はそれを運命だと感じ、その娘を大事に大事に育てました。
けれどその年は運悪く凶作で、ほとんど作物がとれず農民の息子もその娘に食料を与えるだけで精一杯でした。
そんな凶作が続く中、その農民の息子に領主の息子から残酷な命が下されました。
それはその娘を生け贄に出せということ。
仲の良い領主の息子から思ってもいない命に戸惑いましたが、これは仕方のないことでした。
これほど長く凶作が続くと、村人達も神に祈るしかなかったのです。
それに村人も家族を生け贄に捧げることは避けたいと考え、捨て子の娘なら、うってつけと考えたのです。
突然そんな申し出をされるのは酷だと領主の息子も農民の息子の気持ちを考えたのか、五日の猶予を与えました。さらに、生け贄は農民の息子か捨て子の娘どちらでも構わないということを付加え去っていきました。
農民の息子は、その娘を我が子のように愛していました。
よって農民の息子は生け贄に捧げることを避けるため、その娘を連れ、森へ逃げました。
たどり着いた先は、昔領主の息子とよく遊んだ森小屋でした。
五日後にはもしかすると、村の者が生け贄の娘を探しにくるかもしれないと思いながらも、二人は五日後、後悔しないように幸せな日々を過ごす事を心に決めました。
しかし、幸せというものはいくらあっても足りないもの、どれだけ楽しい日々を過ごしても、別れの後悔は色褪せることはなかったのです。
そしてついに別れのときは訪れました。
村人はついにあの森小屋を見つけ、その娘を生け贄に捧げるため村へ連れて行きました。
農民の息子は自分が生け贄になるという言葉を、口に出すことはできませんでした。
領主の息子は涙を流す農民の息子の肩を叩き、ただひとこと、
「今まで付き合ってくれてありがとう」と微笑を浮かべ去っていきました。
その後、農民の息子を見たものはいません。