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九十七話目

「じゃあ、また明日な。ありがとう」

『ええ、こちらこそ。それよりちゃんと宿題やってくださいね』

「おう、わかってる。メトロノームを使うことと譜読みだろ?」

『理解しているなら大丈夫です。それとこれは追加なのですが、譜読みをするときにはメトロノームをつけてやってください。テンポはゆっくりで、規定の半分ほどでやってみてください。ただ、メトロノーム単体の時はそのままで構いませんのでちゃんとやってください……まぁ、言わなくてもやってくれるとは思いますが』

「もちろんさ。んじゃな、お休み」

『ええ、お休みなさい』

『おやすみ~気を付けて帰るんだよ?』

 最後に彼女たちに手を振ってから準備室を出る。あいつらと出会ってから、学校に来るのは一番最初、帰るのは一番最後というのがお決まりのパターンになってしまった。だいぶ慣れたけど、他の人たちと接する機会はめっきり少なくなったのでそれは少しさみしかったりする。

「……っと。早く帰らなきゃ」

 すでに日も落ち始めているので、早く帰らなければ。姉さんにまたいらない心配をかけてしまう。一回屈伸をして足の筋肉を伸ばし、その場から早足で駆けていく。過去に負った古傷のせいで全速力は出せないが、それなりには走れる。

「あ、そうだ」

 こういう時も鍛錬を忘れてはならない。メトロノームをブレザーの胸ポケットに入れてリズムを刻み、それに合わせて足を出していく――が、次第にずれていき、とうとう合わなくなってしまった。

「むぅ、ダメだな」

 感覚としてはいきなりずれるのではない。コンマ一秒ほどのずれから発展していき、とうとう壊滅的になっていくのだ。例えるなら、そう。セロハンテープで貼った紙が落ちていく原理に似ている。こちらが気付かないほどの誤差が、致命的なミスになる……最悪だ。

「クソ……」

 思わず自分を殴りそうになってピタリと止める。自分を責める暇があったら少しでも足を動かせ、練習しろと、MCなら言うだろう。間違っても次に活かせばいい、悲観するなと、スーなら言うだろう。

「……ふぅ……」

 深呼吸を繰り返し、眼尻に浮かんだ涙を拭って足を踏み出し一歩一歩進んでいく。

「負けねぇよ……俺は……!」

 もう立ち止まっている暇はない。躓き転んでも、立ち上がって前に進もう。暗い先が見えない道でも決して止まらず歩いていこう。そうすれば、いつかきっと――光が、希望が、見えるはずだから。夢を……掴めるはずだから。

 高く上った月と星々が俺を照らす。今日はいつもよりずっと優しく、温かく、綺麗な空だった。


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