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九十六話目

「……っよし。今日はもうこれぐらいかな?」

 すでに時刻は部活終了十分前。そろそろ片付けや水抜きをしておかなければ音楽室の整理に間に合わない。

「じゃ、失礼するぜ」

 一応断りを入れてからMCを横にし、水抜きをしていく。彼女にとってはこの瞬間がとても気持ちいいらしい。やはり溜まっているというのは人間でも付喪神でも嫌なものだ。

『それにしても、だいぶ良くなりましたね。ミスは多いですけど、基本は出来てきたように感じます』

「本当か?」

『ええ。これだけは約束します。私たちは絶対に音楽に関して嘘はつきません。それと、練習も嘘はつきませんので、十分精進するように』

 そうか……自分だけではなかなか上達に気付かないところもあるのでこうしていってもらえるのは非常にありがたい。モチベーションの向上にもなるし、何より嬉しい。別に褒められるためにやっているわけではないが、怒られるよりは断然良いに決まっている。

『ただ……』

「ただ?」

『レイはリズム感がありませんね』

「褒めてくれるんじゃないのかよ!?」

『しょうがないではありませんか。リズム感がないというのはかなり致命的ですよ? おうちにチューナーを持っていくようにしなさい。それで寝る前や登校中にこのテンポをひたすら聞くと良くなると思います』

 チューナーというのはファミコンのカセットのような大きさをした物であり、メトロノームとしての機能だけではなくチューニングも出来る優れものだ。設定さえしてヘッドフォンを装着すればリズムを反芻することができる……らしい。

「……んん」

『どうしましたか?』

「いや、俺ってダメだなぁって思ってさ。お前らに頼ってばかりだし、自分じゃ何もできない。それが悔しくてさ……」

 だが、そこでMCは小さくため息を漏らす。

『何を言っているのです。一人じゃ何もできないのは私たちも同じですよ』

「え?」

『だってそうでしょう? 私たちはどこまで行こうと楽器。それを使ってくれる人がいなければただの物にすぎません』

「……けど、お前らは人間体になれるじゃないか」

『ええ。確かにそうですけど、私たちは演奏ができません。同族である楽器に触れることはできても、吹いたり弾いたりするのは不可能です。なぜなら楽器というものは人が吹く物なのですから、付喪神では無理なのです。人間体というのは後天的に得た特性ですからね。所詮は楽器なのです』

 そういう彼女はやはり苦しそうだ。近くにいるスーは楽器体なのでわからないが、おそらく同様の心持ちなのだろう。事実、先ほどから少しも話そうとしない。

『つまるところ、私たちは似た者同士なのです。レイ。唯一、あなたが誇れることがあるとすれば、歴代の演奏者の中であなたほど私と境遇が似ていた人はいません。無力に悩み、それでもがむしゃらに夢を追い、そして敗れた――これも運命なのかもしれませんね』

「……なぁ、二人とも」

『何ですか?』

『何?』

 不思議そうな二人の声。だが、そこで怯むことなく俺は口を開く。

「あのさ、観艦式が終わって時間ができたらさ……一杯話そう。これまでの事も、これからの事も、腹を割って話したいんだ。俺は、お前らと」

 そうしてしばらく沈黙が続いた後――二人はほぼ同時にクスリと笑った。

『ええ、いいですね。話しましょうか』

『そうだね。ちょっと重い話になるかもしれないけどいい?』

「それを言うなら俺だって……ま、もうさ。俺たちは仲間になったんだから互いのことを知るべきだと思うんだ。辛かったり、苦しかったり、嫌だったりすることもあるかもしれないけどきっとそれを乗り越えれば何か開ける気がする――確証はないけどそんな気がするんだ」

 きっと俺より長く生きている二人のことだ。誰にも言えず苦しんできた機関もきっと長いだろう。俺が……少しでもそれの助けになれればいいんだ。


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