九十四話目
『ほら、集中してください。気を抜いたらそこで死ぬと思いなさいな』
「はい……すいません」
『だから、悪くもないのに謝るんじゃありません。間違えて間違えて人は成長するのですから。それに、男がそう軽々しく頭を下げるべきではありません。気丈にしていなさい。その方がカッコいいですよ』
「あ、ああ。ありがとう」
軍艦行進曲はようやく一通り譜読みができてきた。MC曰く、ここでやっと第一段階らしい。後は精度を上げていくだけだ。
『そうですね……リズムを刻む時やや遅れますから注意してください。メトロノームをしっかり見て、キチンと拍を取って』
『そうそう。二つのことが同時にできるようにならないと。楽譜だけを見ていちゃダメなんだよ?』
一応メトロノームは見ているのだが、どうにも楽譜の方に目が行ってしまう。まだまだ暗譜できていないらしく、もっと頑張らねばならない。わかっていたことだが、かなり険しい道だ。
『それと、レイ。吹くときはもっと楽にしていいよ? MCに怒られるのが怖いかもしれないけどさ』
『スー? そんなに私怖いですか?』
『うん。ま、厳しさは愛情の裏返しともいうけどね』
からからと楽しそうに笑うスー。というか、楽器体で笑わないでくれ。怖すぎる。
「うっし。やるか」
メトロノームの拍はそこまで早くない。目で追えるレベルだ。
『あれを指揮者だと思いなさい。絶対に遅れたり早くなったりしてはいけませんよ』
「おう。それじゃ、行くぜ」
しっかりと下腹に力を入れ、拍に合わせてリズムを刻んでいく。ここまでは順調だ。
一個一個音符を丁寧に拭いていき、そしてとうとう曲はサビに差し掛かった――が、ここで問題が一つ。この先の音を忘れてしまった。
(えっと……次は……ミの音で、その次は……)
と、そこで音がぐしゃりと潰れた。それに連鎖するようにして演奏がぐだぐだになっていき、とうとうMCからストップがかかった。
『はい。今楽譜の方に意識が行ってしまいましたね? 本番だったら大惨事です』
「む……」
『いいですか? 暗譜に関しては才能もキャリアも関係ありません。努力すればだれでもできます。頑張りましょう』
「おう。わかった、頑張るよ」
確かにこればっかりは俺の努力不足だ。まだまだ暗譜の重要性がイマイチ俺の中で低かったのだ。まだまだ未熟である。
『指揮者を見ておくことは非常に重要です。というより、前を見ることと言った方がいいでしょうか?』
「ん? どういうことだ?」
『いずれわかります』
……MCはどことなくこういったミステリアスな雰囲気を見せるときがある。やはり、掴めないやつだ。
『それと、レイ。いい? チューバの楽譜は基本的に単調なのが多いから、覚えることができないはずはないよ。ちゃんやればできるから、そのつもりで。そうそう、それとこれは最終目標でいいんだけど、楽譜はめくるとき以外見ないでも吹けるようになろう。そしたらカッコいいよ』
「へぇ……モテる?」
「モテる」
即答だった。というか、この島でモテても意味がないんだけどなぁ……。井戸端会議の話題に上がるのはいつも恋愛事情だし、そうやって噂されるのははっきり言って嫌いだ。
『レイ? どうかしましたか?』
「あ、悪い悪い。それじゃもう一回!」
気合を入れなおし、姿勢を正して吹こうとしたところで――
『レイ! 肩に力が入りすぎています!』
注意された。それも、かなり強めに。いや、怒っているわけじゃないのはわかっているが、やはりショックだ。
「……ごめん」
『謝らなくて結構です。それよりも、二度と同じ間違いを繰り返さないように努力しなさい』
「……ああ、了解した」
そう言って今度こそ心身ともにリラックスし、リズムを刻んでいく。
演奏というものは気持ちが大きく影響をするため自然体で吹くことが要求されるのだが、この部活に入ってだいぶ切り替えがうまくなったように感じる。というか、大半はこいつらのおかげだとは思うが。




