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九十三話目

『それでは、曲練に入りましょうか』

「おう。よろしく」

『その前にまず一つ。この曲――軍艦行進曲についてどう思いますか?』

 その言葉を受けて楽譜にチラリと視線を移す。結構吹いたり見たりしてわかったが……

「これ、簡単な方じゃないのか? だって複雑な連符だってないし、音階だってロングトーンの延長だ。比較的楽だとは思うけど」

『あ~……なるほどね。うん、気持ちはわかるよ』

 ん? 何か俺変なこと言ったか?

『レイ? いいですか? はっきり言っておきますが、これは難しい曲です』

「えぇっ!? 何で!?」

『まず一つ。基本的だからこそ技術が問われます。これは何度も言っていることですね。そして二つ目。行進曲マーチは低音が重要な役割を担っています。昔の楽団では低音――特にリズムを刻むバスドラムがお給料も一番高かったらしいです。これも……ちょっとは言いましたよね? 最後に三つ目。マーチというのは基本的には基礎の集合系です。ほとんどの曲がそうですが、行進曲は更にその傾向が強いと思ってください。特に行進曲は全ての技術に通じるものだと言っても過言ではありません』

「むぅ……なるほどなぁ」

『確かに簡単に見えますが、吹奏楽はただ吹けばいいというわけではありません。キチンと聞かせられるだけの演奏にしなくてはいけないのです。それも、感動させたりできるほどに……まぁ、これは理想論ですが』

「一つ質問があるんだがいいか?」

『いいですよ。どうぞ』

 それに頷きを返し、

「この曲って結構古いのか……っていうか、歴史はあるのか? 観艦式にやるとは言ってたけど」

『もちろん。レイは三笠を知っていますか?』

「三笠? お前の知り合いか?」

『三笠をよく知る知り合いはいますが、直接の面識はありません。というか、戦艦なのですが歴史で勉強しませんでしたか?』

 ……悪い、してないです。

『まぁ、三笠について補足しておきますが、かつて世界大戦期に活躍した戦艦です。今でも横須賀にその艦艇が残っていますよ。ちなみに、ここで私が言いたかったのは、その時代から軍艦行進曲は親しまれてきていたということです』

「マジ!?」

『ええ、マジです。後、チューバはその時から活躍していたのですよ? 三笠の中には当時のチューバを含む楽器も展示してあるとか。おそらくその子たちも付喪神でしょうけどね』

「へぇ……行ってみたいものだな」

 中々MCは博学だ。俺が知らないことをたくさん知っているし、長らく生きているせいかそれに見合った知識を有している。これはさすがと言わざるを得ないだろう。

『すいません、話が逸れましたね。要はこの曲はかなりの歴史を持つ上にかなりの難曲です。相当努力しないといけませんよ?』

「ああ。もちろん。ビシバシしごいてくれ」

『いいのですか?』

 あ、ダメだ。俺死んだ。

 今は楽器体だが、人間体なら相当恐ろしい顔をしているだろう。事実、近くにいるスーが小声で「怖い」と呟いた。これはあれだ。墓穴を掘ったという奴だろう。それも、超高性能ドリルで地中深くまで。

『では、行きましょうか……ビシバシと』

「お、お~」

『何かご不満が?』

「ありません、すいません」

 口は災いの元……なぜかそんな言葉が不意に俺の脳裏に浮かんだ。


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