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九十二話目

「さぁって……っと。やるか」

 放課後、聞こえてくるロングトーンをBGMにしながら体をほぐすために体操をする。一見するとバカみたいだが、これにもちゃんと理由があるのだ。

 MCやスー曰く、どうも俺は気負いすぎる性格らしい。演奏となると如何してもムキになってしまう……だからこうして少しでもリラックスできるような体勢を作っておくことが肝要だそうだ。

『いいですよ。体全体を弛緩させるイメージです。力みがなくなればレイはそれなりに上手くなります。今よりも』

「おう。ありがとう」

 屈伸をしながら深呼吸を繰り返して行くと徐々に力が抜けていき、そのかわりに五感が研ぎ澄まされていく。さながら精神を刀とし、磨き上げているかのようだ。この瞬間がかなり心地いい。

『それと、その時に腹式呼吸も忘れずにね? 練習ってのはバラバラじゃなくて、全部繋がっているからそれを忘れずに。ただやるだけより考えてやった方が何倍も上手くなれるよ?』

「悪いな、指摘してもらって。確かに意識できてなかったわ」

『レイは不器用なんだよね……いや、頭は悪くないと思うんだけど要領が壊滅的に悪いというか……二つのことを同時にできない? そんな感じかも』

「……むぅ」

 悔しいがスーの言うとおりだ。どうしても俺は昔から何かを同時にするのが苦手で、それでずいぶん苦労してきた。まさかここでもそれが関わってくるとは思わなかったが。

『ですが、ある意味それでも今はいいかもしれませんよ、スー。一個のことを集中してやっていれば後々意識しなくても出来なくなりますし』

『とはいってもだよ。もう時間はないんだから多少は同時並行できないと。これから演奏ってなった時に指揮見れなかったら大変じゃない?』

『あぁ、すっかり失念していました。そうですね、そう考えると確かにスーの言うとおりですね』

『でしょ?』

「俺抜きで話進めないでくれるか?」

 二人は仲がいいが、意外なことに演奏に関してはたまにこうして意見をぶつけ合う時がある。時折危険な雰囲気を醸し出すときもあるのだが、結論に至るとすぐに元の調子に戻るからこっちとしては少し戸惑ってしまう。

 二人とも自分の意見を持っているけど、相手の方が理に敵っていると感じるとすぐにそれに順応できるのは年の功故か、それとも家族のような間柄故なのかはわからない。ただ一つわかるのは……こいつらは本当に俺のことを思ってくれているということだ。

 どうすれば上手くなれるのか聞けば、必ず答えてくれるし、こちらの精神状態が危なくなったらすぐ助け舟を出してくれる。はっきり言って二人がいなければ俺は今頃休部――それならまだいい方で退部していたかもしれない。

『? どうしたんですか、レイ? 私たちの方見て固まって』

『もしかして、何か質問? いいよ、どんどん聞いて』

「ああ、いや、違うんだ。ちょっと考え事していただけだ。気にしないでくれ」

 だが、そこで二人は同時に大きなため息をつく。

『レイ……時間がないとあれほど言いましたよね? 今は何の時間ですか? おしゃべりの時間でも妄想に更ける時間でもないのですよ?』

『レイってたまにそういう時あるよね。考え事っていうのは演奏に関係があることだったの?』

「うん……一応お前らのこと考えてたんだ。仲いいなぁって」

『当たり前じゃありませんか。私たちは家族同然なのですから』

「そっか……いいな。大家族って」

 到底俺には想像がつかない……姉さんと二人暮らしをしてもうずいぶん経つ。友達がほとんど大家族なので、遊びに行ったときは羨ましかった。もちろん俺の家も十分にいいのだが、何というか大家族特有の温かみのようなものが好きなのだ。一緒にいてポカポカするような……そんな感じだ。

「……ってごめん。無駄口叩いてるのは確かによくないな。反省するよ」

 無理やり暗くなりかけた雰囲気を払拭して、再びストレッチを開始する。せっかく気持ちが落ち着き始めていたのに今はまるで心臓で小人が暴れまわっているようだ。

 何とか頭の中を空っぽにしようとするも、意識してできるはずもなく、結局頭の中はずっともやがかかったような状態のままだった。


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