表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/168

九十話目

『……はい、やめてください。どこが悪かったかわかりますか?』

「音が揺れてた。音程を合わせようと気を配ったら余計に酷くなっていたな」

『わかっているなら大丈夫です。一番怖いのはどこが悪いか自分でわからないことですから』

 彼女に頷きを返しながら俺はそっと窓の外に視線を向ける。すでに日は高く上っておりもう昼の十二時だ。こいつらと出会ってからやけに日が流れるのが早い気がする。それだけ充実しているということだろうが、なんだか慣れない感覚である。

 ――と、こちらが物思いにふけっていると不意にスタンドが揺れた。スーだ。

 MCは人間体に何度か昼のうちにもなったのだが、スーはなろうとしない。もしかしたら朝話したことがまだ尾を引いているのかと、つい邪推してしまった。

『? どうしましたか、レイ?』

「いや、なんでもない」

『そうですか。とりあえず纏めると、音が揺れることに関しては腹式呼吸と腹筋の強化に尽きます。ちょっと失礼しますね』

「あ、おい」

 人間体へと姿を変えた彼女は俺の前で中腰になってこちらの腹部にそっと手を添える。女性らしい柔らかく温かい感触に思わずドキリとしてしまった。

『はい、力を入れてくださいね。硬くしておかないとダメですよ?』

「……ん」

 言われるがまま力を入れる。最近は鍛えているので筋肉がつき、力を入れればそれなりの硬度になる。少し感心したように見ている彼女は一つ頷いたかと思うとこちらに向きなおり、

『それでは、失礼しますね?』

 直後、ノーモーションで腹部が圧迫された。あまりの衝撃に内蔵が歪み、吐き気がこみ上げてくる。

『まだまだ甘いですね。もう少し鍛えた方が良いかと』

「ひ……ひでぇ」

『しょうがないではありませんか。こうでもしないと本質がわかりませんので。それと、腹筋についていくつか説明を付けておきますと、硬いだけではなくある程度の柔軟性を残しておいてください。そうしておかないと息を吸う時にむしろ妨げになりますから』

「……腹筋なんか鍛えてどうなるんだ?」

『いい質問ですね。ではいくつか利点を紹介しましょう。まず、腹筋に力を入れると音のブレが軽減されます。これは他の音を支えるのが仕事である低音楽器には必須です。そして、次に重要なのは音の強弱……そう言ったものが付けやすくなります。腹式呼吸から派生させるのですから、お腹でブレスを調節できるようにしておいた方がいいですね。更に言うならもう一つ。これは演奏と直接関係ありませんが、スタンドプレイをする時に非常に重要だと私は感じています』

「え? どういうことだ?」

『チューバは大きいでしょう? その上振付なども曲によってはつけられますから、当然音が乱れやすくなりますし、体もよろめくことがあります。ですが、お腹に力を入れておけば体幹もだいぶ安定しますし、スタンドプレイの負担が減ります。とりあえず私の経験上はこれぐらいですね』

「なるほど……そういうことか」

『一応補足しておきますが、これはチューバに関してのことです。他の楽器に関しては知らないので興味があればご自分で先生や諸先輩方に聞いてみたらいいでしょう』

「ああ。色々聞いてみるさ」

 とは言ったものの……ほとんど先輩たちや先生と話す機会はないんだよなぁ……。練習は別々だし、そもそも学年も違うし。トラたちに聞いてもいいかもしれないが、キャリア的にいったら先輩たちの方が上だ。そっちに聞いた方がいいだろう。

 まぁ……暇なときに聞いてみよう。というか、まずは俺自身のことだ。二週間で完成させねばならないというのに……。

『レイ? もしかして不安ですか?』

「……よくわかったな」

『わかりますとも。何年私が演奏者を見てきたと思っているんです?』

「大体……五年ぐらい?」

『ふふ、そう言ってくれてうれしいですね。残念ですが短すぎます』

「え!? じゃあお前今一体何さ……」

『それ以上は聞かない方が身のためですよ?』

「はい。すいませんでした。あなた様はまだぴちぴちです」

 やっぱり尻に敷かれている。もう主導権を握り返すのは無理そうだ。

『ただ、これだけは言っておきます。焦ったものが先に死んでいきます。それよりも終始冷静に情報を分析している方が手くなれるのですよ?』

「む……すまん。確かにそうだな。反省するよ」

『いいですよ。まだあなたは……いえ、あなたも若いですから』

 意外に年を気にするんだなぁ……というか楽器の平均年齢ってどれぐらいだ? あ、違うか。付喪神か。でも、パッと見は全然若いからそんなに気にすることはないと思うが。楽器体ではなく人間体の方の話だ。

『何をぼうっとしているのです? ほら、やりますよ』

「イエス、マム」

『ふざけてますか?』

「すいません。二度と舐めた真似しません。許してください」

 もうダメだ。こいつは練習時以外は気さくで面倒見のいいお姉さんといった感じなのだが、一度スイッチが入ると途端に女王様になってしまう。それもドSの。それに順応できる俺って……ドM?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ