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九話目

 今日はいよいよ入学式。姉さんが作ってくれたみそ汁を飲みながら両親の遺影に目を移す。きっと生きていたならばこの日をどれだけ喜んでくれたことだろう。

 ……だがそれは悔やんでも仕方のないことだ。せっかく今日から新たな一日が始めるというのにこの調子では二人に顔向けできない。キチンと胸を張っておかなければ。

「ごちそう様」

 食器を抱えて台所に向かう。すでに姉さんはいそいそと入学式に行く準備を始めていた。あわただしそうに髪の毛を櫛で梳かしている。

「そんなに急がなくていいと思うよ? まだ時間はあるんだし」

「だめだよ。早めにやっておいた方が後から忘れ物が見つかった時いいでしょ?」

「昨日やったから大丈夫だよ。もう俺も子供じゃないんだしさ」

 昔からこんな調子だ。両親の代わりを担ってくれているからだと思うのだがやけに心配性で世話焼きな部分がある。

「すっかり高校生って感じだね。姉さんも嬉しいよ」

「ありがとう。ちょっと着替えてくるよ」

 そう言って自室へと向かう――といっても襖で仕切られているだけなのだが。

 壁にかけられている制服を取りいそいそと寝巻を脱いで着替える。うちの高校は学ランではなくブレザーなので当然ネクタイを締める必要がある……のだがこれがどうにも難しい。

 やり方は予習していろんな人から教えてもらったというのにどうにもうまくいかない。下のタイが長くなったり、逆に短くなりすぎたり……。

「レイ? 大丈夫?」

「ちょっ……姉さん入らないでよ!」

 思わず強めの口調で言ってしまった。こちらは思春期の男子なのだからもう少しデリカシーというものを持ってほしいところである。

「別にいいでしょ? 姉弟なんだし。ほら、貸して」

 そっと身をかがめ俺のネクタイをしめなおしてくれる。そして嬉しそうな吐息を漏らし、

「嬉しいな……ここまで大きく育ってくれて」

「姉さんのおかげだよ……ありがとう」

 たまに嬉しいことを言ってくれるから油断できない。ついつい胸に熱いものがこみあげてきてしまった。

「よし! これで大丈夫だね。じゃあ行こうか?」

「うん」

 まだ軽い鞄をひょいと肩にかける。最後に部屋を見渡して忘れ物がないのを確認してから俺たちは学校へと向かっていった。空は雲一つない快晴――まるで俺の門出を祝ってくれているような天気だった。


「え~かくして今日このような日を迎えたわけですが~……」

 つ……つまんね~。

 学校について始業式が始まるや否や、校長先生からありがたくも長くて退屈なお話しが告げられた。というか現在進行形で聞かされている。はっきり言ってむちゃくちゃ眠い。ほかのみんなも眠そうに欠伸をしたり目をこすっている。

「では、長くなってしまいましたが新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます」

「本当長すぎだよ」というみんなの声が聞こえた……気がした。

「それでは次に校歌斉唱。皆様ご起立ください」

 教頭先生らしき人の声に従い保護者と生徒たちがまばらに立ち上がる。直後――流れるような演奏が俺の耳に届いた。その音源は……左後方?

 チラリと視線を後ろに向けると吹奏楽部の先輩たちが演奏をしていた。入った時にはいなかったからどこかに潜んでいたのかもしれない。

 というか……やっぱり上手いな。

 まだ詳しいことはよくわからないけど音が一体になっているというのは分かる。どれかが突出しているわけでも劣っているわけでもなく見事に調和がとれていて心地よい。

 ただの校歌であるはずなのに伴奏があるだけでここまで変わるものなのか。思わずうっとりと聞き惚れてしまっている。

 しばらくすると演奏が止んだ。不思議なことに生徒たちはみんな物足りなさそうにしている。きっとあの演奏をもっと聞いていたかったのだろう。校長の長話ではなく。

「では、次に在校生あいさつ……」

 それからもつつがなく入学式は進んだのだが……どうにもあの演奏に心を奪われてしまったせいかほぼ内容が入り込んでこなかった。


「それではただいまをもちまして第57回南梅東なんばいとう高等学校入学式を終了いたします。一同、礼」

 やっと終わった。正直むちゃくちゃ疲れたな……おもに校長のせいだけど。

「では、新入生。退場」

 教頭の声に促され立ち上がり後ろを向く。そして一人ずつ退場口に向かおうとしたところで――突如吹奏楽の先輩たちが立ち上がった。そして遠くから見てもわかるほど大きく息を吸い演奏を開始する。

 これって……歌謡曲? っていうかポップス?

 今流れている曲には聞き覚えがある。数年前にはやった曲だ。かなりイケメンのシンガーソングライターが歌っていたような気がする。しかしそこは問題ではない。注目すべきは演奏者の方だ。

 軽快な音楽に合わせて体をスイングさせる部員たち。演奏をしつつ、かなりの動きをしているはずなのにまるで辛そうにしていない。むしろ楽しんですらいるように見える。

 サビに近づくにつれて激しくなるメロディーと動き。サックスがとろけるようにソロを謳い、フルートが副旋律を奏で、打楽器がそれに合いの手を打ち、そしてその他の楽器たちがそれらを引き立てていく。数えるほどの部員しかいないというのにこの迫力。

 すごい……。カッコいい……。

 きっと先輩たちが言っていたのはこういうことなのだろう。吹奏楽というともう少し凝り固まったものを想像していたが……改める必要がありそうだ。

 そして一際大きくサックスが上に身を逸らし、音を響かせ――演奏が終了した。おそらくそれはたった数分の出来事。しかし聞いたものからすればそれはまるで何時間もの演奏であるかのような濃密さだった。


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