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八十八話目

「よう、二人とも。来たぜ」

『あら、どうしたんですか? 朝見た時よりいい顔になっていますが』

「ちょっとな。まぁ、それはいいからやるぞ」

 彼女たちに軽く会釈をしながら準備を整える。おそらく今日も俺は個人練習となるはずなので先にベランダに行っておく算段だ。さすが俺。冴えてる。

 二人を丁寧に運びながら続々向かってきている先輩たちに挨拶をする。演奏に参加できないなら、せめて挨拶だけは誰よりも大きくやろう。何か一つでも勝るところがないと精神的にキツイ。

『にしても、レイはよく頑張るね。正直すぐ音を上げると思ってたよ』

 ベランダに着くなりスーが俺にそんなことを言ってくる。確かに俺自身それには驚いていた。今までこんな厳しい教育を受けたことはないのだが、不思議と嫌ではないのだ。言ってもらえること自体がそもそもありがたいとすら最近は思えてきた。

 悪いところがあってもなかなか自分では気づかないし、気づいても直し方がわからないことが多い。そう考えればアドバイスをくれるこいつらがいることは大きなアドバンテージだ……付喪神ということを除けばだが。

『もしかしてレイってマゾヒストなんじゃないの?』

「なっ!?」

 おそらく人間体であればいやらしい笑みを浮かべているだろう。意外にいたずら好きというか、こっちの反応を楽しんでいる節がある。

『まぁ、そうなのですか? 演奏も下手で才能もなくてマゾヒストとは救いようもありませんね』

「いや、MCも乗らなくていいからな? それと言ってることかなり酷いからな?」

『まぁ、そんなレイにもいい所の一つや二つはありますので気を落とさないでください』

「例えば?」

 そこで彼女はわざと唸ってみせる。一方スーは事情が分かっているようで茶化すように口笛を吹いていた。人がいないからいいものの、こいつらは俺に存在を明かしてから結構自由にやりだした。反動があったとはいえやりすぎじゃないか?

『レイは確かに演奏の才能もありませんし、考え方も子供。流れに乗れば強い性格ですが、精神力が弱いので途中で挫ける傾向があります。そのくせ無駄に責任感が強くて厄介ごとにすぐ首を突っ込む癖や、後先考えない猪突猛進的な面がよく目立ちます。総合して言うなら性格的にも肉体的にもチューバ向きとは言えません』

「……酷くない?」

 ちょっと泣けた。というか、かなり。

『ですが、あなたは……』

「あなたは……?」

『馬鹿です』

「この人でなし!」

『勘違いしないでください。私は褒めているのですよ? あなたは一度決めたら何があっても止めない忍耐力と突き通そうとする愚直さがあります。私が言いたかったのは、レイはある物事に対して馬鹿となれるということです。剣道馬鹿や野球馬鹿というのは決して悪口ではなくて、褒め言葉ですよね? あなたはそういう類です。傍から見れば馬鹿で無謀で身の程知らず。でも、そういう人間が、いつの世も世界を変えてきたのですよ? 付喪神として時代を見てきた私が言うのですから間違いありません』

「……あのさ、MC……」

『何ですか? まだまだ褒めた方がいいですか? いいですよ。いくらでも言ってあげます』

「……お前さぁ……そんなこと言うなよ……泣くだろが」

 気づけば俺の目からは滝のように涙が流れていた。今まで厳しく接してくれていたのは決して俺が嫌いだったのではなく俺を一人の演奏者として認めてくれていたからだったのだ。嬉しくないわけがない。

『泣き虫ですね……ほら、涙を拭きなさい。もうすぐ……ってええっ!?』

『ちょ……レイなんでいきなり私たちに抱きついてきたの!? 痛い痛い!』

 二人は抗議の声を上げるが俺は抱きしめる手の力を緩めない。本当に嬉しかったのだ。今まで足手まといだと自分を責めて、才能がないと断言されて、絶望の淵にいたところをこいつらが照らしてくれたのだ。愛しさが溢れて止まらない。本来なら人間体の彼女たちを抱きしめて礼を言いたいところだ。

『もう……しょうがないですね。もうすぐメニューを言われると思いますから手短にお願いしますね? それでも泣き足りなかったら明日の朝来なさい。いくら泣いても、弱さを見せても、甘えても――許してあげます』

「うん……うん……」

 目の前にいるこいつらは楽器体だ。なのにどこか温かみを感じる。付喪神としての特性故なのか、それともまた別の要因があるのかはわからない。でもいいのだ。今ここにいるこいつらは俺の友人で、仲間で、大切な相棒なのだから。


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