八十六話目
翌日の明朝、俺は音楽室に向かっていた。どうにもこれからのスケジュールのようなものを組んでくれていたらしくそれを話し合うということだ。
しばらくして階段を上ると四階につき、準備室に足を向けていく。ドアの向こうには人影は見えないがもうすでに準備は整っているだろう。深呼吸して気持ちを落ち着けてから中に入った。
「おはよう。来たぞ」
『おはよう、レイ』
返してくれたのはスーだ。MCはケースに入っているが彼女はむき出しの状態なのですぐに俺の入室に気付いてくれた。すぐさま人間体になってこちらに輝くような笑みを向けてくれる。
「MC来たぞ」
そう言ってケースを開けるとそこには楽器体の彼女の姿。しばらく待っていると人間体になり、ドレスをひらりと翻しながら俺の前に立った。今日も相変わらず美しい。
『さて、それでは今後のスケジュールの確認ですね。昨日も言いましたがもう三週間しかありません。ですのでビシバシいきます。泣いても喚いても容赦はしません。いいですか?』
「もちろん。じゃなけりゃここにいないよ」
不敵な笑みを彼女に向けてやる。その様子を見てどこか感心したようにスーが口笛を吹いた。
『では確認に入りましょう。一週目は基礎を叩きこみつつ曲練。二週目には合奏に入れるようにします』
「質問があるんだがいいか? 三週目は?」
『合奏というものはすぐに合わせられるものではありません。細部をみんなで整えたり細かい習性が入る場合もあります。要はそのための期間だと考えてください。つまり、実質観艦式に出るためには二週目である程度曲を形作っておかないといけないということです』
二週間か……わかっていたことだが相当厳しい道のりだ。けど構わない。どうしても俺は観艦式に出たい。みんなと一緒に演奏がしたいのだ。
『ちなみに楽譜はもう読めますか?』
「一応……」
肩にかけていたバッグの中から楽譜を取り出し彼女に見せる。するとMCは悩ましげに頭を抱え、スーは困ったような笑みを浮かべた。
『レイ……音階を書くのは構いませんが、これだけですか?』
「え? うん」
『あはは……どう見ても書き込みが足りないね』
「書き込み……って何だそりゃ?」
「えっとね、ちょっと待ってて」
そう言ってスーが向かった場所はチューバの教本などが置いてある場所。そこから彼女が取ってきたのは一冊のスコアブック……おそらく以前チューバを吹いていた人のだろう。
『ほら、これ見てごらん』
「うわ……なんだこれ?」
楽譜にびっしりと鉛筆で演奏の注意点や改善点が書き込まれている。はっきり言ってめちゃくちゃ汚くてこれを楽譜と呼んでいいのか微妙なところだ。
『これぐらい書いてもらわないと困ります。人間は言われたことを忘れる生き物ですから書いておくだけで演奏がだいぶ変わります。具体的にはCDや音源を聞いてもらうとわかりやすいかと。これは――「軍艦行進曲」ですか。確か動画サイトなどにもあげられていたと思いますので確認してみてください』
「わかった。今度トラ辺りから見せてもらうよ。うちにはパソコンがないから」
『まぁ手段については特に問いません。ただ上達の近道はどれだけそれに時間を費やすかです。今どれぐらい楽譜と向き合っていますか?』
「えっと……学校から帰ってだから大体一時間くらいか?」
『では二時間に増やしてください』
「マジか」
さらっと言われたがなかなかにキツイ……一応学生の本分は勉強だからそちらにも力を注がなければいけないというのに。
『キツイのは十分承知しています。ただ、そこで止めるなら所詮はその程度の覚悟だったということ。別段止めはしませんがどうしますか?』
何というか……こいつはこちらのツボをついてくるのが上手い。誘導術とでも呼べばいいのか、俺の意欲を掻きたててくる。そこまで言われて引き下がったら男じゃない……っ!
「やってやるよ。上手くなれるならどんなキツイ事でも乗り越えてやる」
それを聞いたMCはほんの少し、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑み、
『よく言ってくれました。それでこそ……私が認めた相棒です』
どこか誇らしげに、まるで歌うように囁いた。




