八十五話目
「レイ、そろそろ終わりだよ」
「あ、ありがとう」
呼びに来てくれたトラに会釈を返しMCたちを中に入れる。あの後もみっちり鍛えられ今日はかなり疲れた。アドバイスは的を得ているのだが……どうも鬼教官のような厳しさだった。スーがたまに褒めてくれたからよかったけど。
「ところで……今日中々音良かったね。何かあったの?」
「いや……別に」
トラは確かに信用に足る人物だが、もし話したらあいつらの信頼を逆に裏切ることになる。ほぼなりゆきとはいえせっかく打ち明けてくれたのだから俺もそれに応えなくては。
――といろいろ考えているうちにいつの間にか音楽室につき反省会が始められる。注意事項や今日の改善点などが部長の口から言われ、それに続くようにして先生の講評。最後に明日の練習の開始時間が告げられ、今日は終了となった。
「……ふぅ」
正直言って俺はこの時間が嫌いだった。改善点などを言われても参加すらできていない俺には何の意味もなく、ベランダからここに来るとき注目を浴びてしまうのがどうにも苦手だった。
(……っといけない。片付けはいち早くやれって先輩から言われたばかりじゃないか)
急いでMCたちのもとに行こうとしたところで――ポンと肩に手を置かれた。くるっと首を捻ってみてみるとそこには先生の姿。どこか申し訳なさそうな顔でこちらをじっと見つめていた。
「何ですか? 先生」
「いや……あのね? レイ……すごく言いづらいんだけど……今度の観艦式不参加ってことで大丈夫かな?」
「……え?」
こちらの疑問の声を聞き、先生はますます申し訳なさそうに肩をすくめる。
「いや、あのね? 今のレイの実力じゃ演奏は厳しいと思うんだよ。それなら基礎を磨いた方がいいんじゃないかってみんなで話し合って決めたんだ……いいかな? もしどうしても出たいっていうならまた掛け合ってみるけど」
「……すいません。明日まで待ってもらえますか? ちょっと考えたいので……」
「わかった。じゃあ、明日にでも聞かせてね」
そう言って先生は去っていった。おそらく彼は最後まで俺が参加する方針を取りたかったのだろう……が、反対意見の方が強かったらしい。まぁ、当然か。俺の実力じゃ確かに足手まといだし、あと数週間で上手くなるとも限らない。ある意味予想していたことだった。
――が、とはいってもショックは大きく足取りが重い。MCたちの手入れは丁寧にやっていくが、それでもこの泥のように沈殿した絶望感は否めなかった。
『どうしたんですか? 浮かない顔をして。何か言われたのですか?』
「……俺は観艦式に出ない方がいいってさ」
『まぁ。それは誰が?』
「誰がってことはないさ。先輩たちと先生で決めたらしい……まぁ、当然か。俺下手だもんな」
俺は自嘲気味に笑ったが、二人は黙ったままだ。てっきりMCなんかは先生たちの意見に同調したり笑ったりすると思っていたから意外だ。
『それに対してレイはどう思いましたか?』
「どうって……そりゃあ悔しいよ。俺だけ置いてかれたようで」
『でしょうね。じゃあ、どうしますか? このまま泣き寝入りしますか?』
『まどろっこしいなぁ。素直に上達の手助けをするって言ってあげればいいのに』
それに対してMCは驚愕の声を漏らす。どうやら図星だったらしく、一瞬だが人間の姿に戻りかけた。
『ま、まぁそれは良いとして。どうしますか?』
「でも俺は出来ないし……」
『じゃあ出来るようにすればいいじゃありませんか。要はあなたがやりたいか。やりたくないかです』
どうやら俺はこいつのことを少し誤解していたらしい。厳しい教育もこちらを思いやってのことで、少しでも助けになればと思っていたようだ。なのに俺は勝手に……。
「ありがとう。MC、スー。少しだけ、救われた」
『お礼はいいですから答えてください。やりますか? やりませんか?』
「聞かなくてもわかってるだろ……? やってやるよ。絶対にあと数週間で上手くなってやる」
それに対して彼女は満足げにため息を漏らし、一瞬で人の姿に戻って俺の前に立ち――
『よく言ってくれました。では、私が……いえ、私たちがあなたを助けましょう。後三週間という短い期間なので今よりさらに厳しくなりますが……覚悟はありますか?』
「ああ。じゃなけりゃ言わないさ。よろしく頼む」
『わかりました、レイ。それでは明日からまた一緒に頑張っていきましょう』
そう言って俺の手の上に重ねられた彼女の手は、楽器体の時のようなひんやりした感触ではなく、まさしく人のように柔らかくてどこか優しい温もりがあった。




