八十四作目
『……ほら、また椅子の姿勢が悪くなってきていますよ。もっと前に座って背もたれは絶対に使わないようにしてください』
「お、おう。すまない」
存外に彼女のアドバイスは的確でしかもわかりやすかった。普段一人でやっている以上に効率はいい気がする。
言われたとおりちょっと前の方に腰を落ち着け、背筋をピンと伸ばす。イメージとしては頭を上から吊り上げられているような感じだ。こうした方が息の入りがスムーズになり楽に吹けるらしい。
『いいですね。それとスタンドは十分に活用してください。たぶん膝の上に乗せて吹くのは厳しいでしょうから』
『そうそう。もっと頼ってよ!』
「……お前ら結構饒舌だな」
もしかしたら今までずっと喋れなかったストレスもあったのかもしれない。かなり練習中に話しかけてくる……まぁその全てがアドバイスだからいいのだが。
『姿勢はちゃんと直しましたね? それじゃ今から何も使わないで息をただ吐いてください』
「マウスピースは? いいのか?」
『ええ。普通の状態で出来ないことは何をやっても出来ませんから』
かなり辛辣な意見だが実際にその通りだ。まだまだ俺は基礎ができていない。この状態でいきなりハイレベルなことをやれと言われても困ってしまう。
『この時気にすることは何ですか? はい』
「え……っと。姿勢を正しく保つことと、息をまっすぐ伸ばすこと。それと安定かな?」
『そうです。本当はまだまだありますが、一度にたくさんやるのも非効率なのでまずはそれらを目標にしてください。もし無理そうだったら一つだけでもいいですから意識して吹いていきましょう』
頷きを返し姿勢を正して息を吸う。これもさっき習ったばかりのやり方を早速実践してみた。そしてメトロノームに合わせゆっくりと拍に合わせて吹いていく。
『へぇ……さっきよりいいんじゃない?』
『いいえ。まだ油断はできません……』
そこは普通に褒めてくれていいんじゃないかな?
『……あ、今揺れた』
ぼそりとスーが呟く。確かに今二人の会話が気になって……いや、これはいいわけだな。
そこからは意識的に二人の会話をシャットアウトし、目標を頭の中で反芻しながら息を吐いていき――ようやく終えた。
『ダメですね。意識がまだおろそかです。というか、ちゃんと意識してましたか? 途中途切れましたよね、集中』
「……はい。ごめんなさい」
『謝らなくていいです。次こう言ったことがないようしてくれれば』
『あのさ、MC……でいいんだよね、今は。ちょっと厳しすぎない?』
『いいえ、これぐらいでちょうどいいのです。甘やかしてはこの子のためになりませんから』
正直に言ってこいつは超スパルタだ。だが言っていることはすべて正しい。やみくもなこと乱暴に言われるよりはずっとましだし、確実に上手くなれる。まぁ、精神をゴリゴリ抉られているのは確かだが。
『いいですか? 集中力は絶対に切らさないでください。もしも演奏中に切らしたら……』
「切らしたら?」
『そこで演奏は破綻すると考えなさい』
「わ、わかりました。気を付けます」
すごい剣幕だった……いや、楽器の姿のままでこの迫力なのだからもし人間体だったらと思うとぞっとする。絶対にMCは怒らせないようにしよう……たぶん殺される。




