八十三話目
「……それじゃ、今日はこのメニューで。お願いします」
『お願いします!』
そして放課後、いつも通り俺は一人で基礎練をすることになった。MCとスーを丁重に持ち上げてベランダまで運ぶ。
『気をつけてよね。たまにぶつけてるからさ』
「わ、悪い……というかお前その姿でしゃべれたのか?」
『そうだよ。ほら、前見て』
危うくドアの部分にぶつけそうになるのを回避する。聞いたところによれば彼女たちにも五感はあるらしい。前々から丁寧に扱おうとは思っていたが、こうなった以上さらに気を配らねばならない。意外に大変だ。
「そういえば……今日は合奏の日か。まあ俺には関係ないけどな」
実力不足のままではまた邪魔になってしまう。これからどんどん頑張らなくては!
「よし、まずはマウスピース……っと」
椅子に座ったまま息を吸――
『ダメですね。息がちゃんと入っていません』
おうとしたところでMCから指摘が入った。というか、やっぱりこれはおかしい。一度脳の病院に行ってみるか。
『いいですか? 肩に力を入れてはいけません。レイは普段呼吸をするときそんなに力みますか? 違いますよね。なるべく自然体で、リラックスすることを意識してください』
「……了解」
深呼吸を繰り返して言われたとおりリラックスしてみせる。そして半ばうんざりした気持ちでマウスピースを拭くと……
「~~~~~~っ!?」
『ね? 言ったでしょう?』
かなりいい音が出た。決して力強い音じゃないのにきちんと響いている。
『演奏の時は特にそうですが体の力みはパフォーマンスを低下させる原因となります。時間がかかってもいいですからまずはリラックスしてみましょう。体操などを行うのも一つの手ですよ?』
「……MC」
『何ですか?』
「お前すごいな……正直驚いた」
『ありがとうございます。ほら、感覚を忘れないうちに吹いていきますよ。はい、大きく息を吸ってください。この時に肩が上がる肺呼吸にならないように。腹式呼吸を目指しましょう』
言われたとおり腹部に意識を集中させ息を吸い込んでいく。すると今までやった練習では出来なかったはずなのに自然と腹に息が入っていく。
『はい、ここで息を止めてください』
「……っ」
『いいですか? 吐き出すときは一定に。途中で強くなっても弱くなってもいけません。ペースを保って吹いてください……はい、どうぞ』
「ふ~~~~~~~~」
徐々に息を吐いていくが――途中で息苦しさから乱れてしまう。思わず怒られるかと身を固くしてしまったが、MCは責めたてることはしない。むしろこちらがどうやったら上手くなれるのか例を挙げながら丁寧に教えてくれた。
『それと、今はゆっくり息を吸っていますが徐々に早く吸って早く吐けるようにしましょう。合奏になると息継ぎ――ブレスがほとんどできないということもありますので』
「何かコツみたいなものはないのかな?」
『そうですねぇ……ラーメン好きですか?』
「あ、ああ。でも何で?」
『麺をすするような感じです。ずっ! ……と勢いよくすするでしょう? あれをひとまずの目標にしてみましょう』
「はい、先生」
『いいですよ、形式ばらなくて。以前のように接してください』
「……了解」
軽く返事をし、さっそくアドバイスを実行することにする。麺をすするように……
「ッ!」
『そうそう。だいぶ理想に近いです。ただ、吸って満足していませんか? 次は吐くということも意識してやってみましょう』
『へぇ……ずいぶん楽しそうじゃん』
『スー。そう拗ねないでください。レイも頑張っているのですから』
『……わかったよ』
なるほど……スーはMCには頭が上がらないみたいだ。見た目的にもお姉さんっぽかったから実際にそうなのかもしれない。何ていうかすごく新鮮な感覚だ。
『何を考えているんです? ボーとしている暇はないのですよ?』
「わ、悪い。やるよ」
だめだ。完全に俺も尻に敷かれてしまっている……もう上下関係はこの段階で決定したようなものだった。




