八十二話目
「……なぁ、いるんだろ? 来たぞ」
『……あら、わざわざお昼にきてくれたんですか? お弁当まで持って』
「どっちみち演奏の気分じゃないんだよ。朝のあれのおかげで授業にも身が入らないしな」
それに対して彼女はクスクスと赤子のように笑う。はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。
「とりあえず話してくれ。お前が――お前らという存在が何であるのか」
『ええ、もちろん。喜んでお話ししますよ』
促されるまま目の前に置かれた椅子に座り弁当箱を広げる。もうどうとでもなれ。
『私たちは付喪神です。楽器でありながら人の性質を得た存在と考えてください』
「その……付喪神っていうのは全ての楽器がそうなのか? 生まれた時から」
『いいえ。私たちも最初は普通の楽器でした。でも、ある時をきっかけに付喪神となったのです。条件としては――人の持ちうる感情のほぼすべてを一定以上受けること。私たち楽器はそう言った感情を受けやすい存在ですし、何よりここは学校――感情が集まりやすい場所です。付喪神になりやすい条件は整っているのですよ』
まずい……頭が痛くなってきた。こんな非現実的なことが……。
『私たちは普段楽器として過ごしています。人間にばれてしまえば見世物になることは確実ですので』
「じゃあ……何で俺には見せたんだ? 関わりがあるからか?」
だがその問いに彼女は首を振って否定した。
『いいえ。あの時は非常事態でしたので、特にそのようなことは考えてもいませんでした。本当ならずっとこのことは隠しておくつもりでしたので……正直大誤算です。まぁ、でもあなたなら言いふらさないと思ったのも事実です』
「……意外にはっきり言うな、MC。というか、勝手にそう呼んでいたが本当の名前なんかはあるのか?」
『咲夜』
「へぇ、いい名前だな。じゃあ……」
『お菊、月乃、愛、雪花、ローゼリンデ、春香、コスモス、鹿角、イスカ、美弘、……他にもありますけど全部言いましょうか?』
「いや、結構」
名前多すぎじゃないか……あ、そうか。演奏者の数だけあるんだよな。
『ですから普通にMCと呼んでくださっても構いません。中二臭いのも我慢しましょう』
「グハッ!」
めちゃくちゃはっきり言うなこいつ……容赦なくこちらの心を抉ってきやがる。
「そ、そういえばお前みたいな存在はここに入るのか?」
『もちろん。ここにいる楽器たちやなどの約八割は付喪神です。何なら全員にお会いしますか?』
「今度頼む。一度挨拶するのが礼儀ってものだろう?」
『そうですか……ですが、まず一人に会ってもらいましょうか』
そこで後方から新たな気配。見るとそこには一人の女の子が立っていた。
茶髪の髪はポニーテールにまとめ、快活そうな笑みを浮かべている。体つきはモデルのようにスレンダーなのに、どこか力強さを感じさせられた。着ている服はなぜかうちのジャージだが、それを差し引いてもとんでもない美少女だ。
『紹介します。彼女はチューバスタンドの付喪神。名前は……』
『適当にスーって呼んでよ。今までの名前の中ではそれが一番気に入ってるからさ』
なんというかボーイッシュな女の子だ。王女のようなMCのそばにいることでどこか騎士のようにも感じられる。
どうやら付喪神というのは楽器だけがなれるわけじゃないようだ。事実スタンドのような楽器に関わるものたちまでそうなっているのだから。
「そうか、よろしくな。スー」
『こちらこそ。いやぁ、まさかこうして人間に正体をばらすなんて思ってもみなかったよ』
「悪いな。でも、こうなった以上大事にするよ」
彼女とがっしりと握手を交わし、再び椅子に座る。挨拶を終えて満足したのか、スーは一瞬のうちに元のスタンドの姿へと戻った。それを見てMCは小さくため息を漏らす。
『今見て分かったと思いますが、これは現実です。受け入れろとは言いません。ただわかってください。私たちのような存在は確実にいるということを』
「わかってる。それより一ついいか?」
『何です?』
「ありがとう、助けてくれて。この前もそうだし、演奏の時もそうだ。本当にありがとう」
――だが、彼女の反応は俺が想像していたものとは違った。しばらくポカンと口を開けたかと思うとぷっと吹き出すように笑いだした。
「……何か変なこと言ったか?」
『いいえ……あなたは大馬鹿ですね。楽器に頭を下げるなんて』
「違うだろ。お前らは……人間だ」
だがそれを聞いて彼女は更に笑い始める。
『面白い方ですね……ある意味良かったかもしれません、正体をばらして』
「ちなみにさ。もう一つ、お前に確認取りたかったことが一つあるんだけどいいか?」
『ええ。何ですか?』
「俺って演奏の才能ある? 歴代相棒ランキングでいうと何位ぐらい?」
『下から数えて四番目ですね。演奏の才能に関してはほぼ皆無です』
「妙にリアルな数字っ!?」
おそらく世界広しといえども俺ほど奇妙な経験をしている奴はいないだろう。何せ楽器の付喪神と話してしかも才能がないとまで言われたのだから――。




