八十一話目
『大丈夫ですか!? 聞こえていたら返事してください!』
……それにしても綺麗な声だ。まるで鈴の音のようでするりと耳に入り込んでくる。聞き惚れるというのはまさにこのことだろう。いつまでも聞いていたい……。
『聞こえていたら返事!』
「は、はい!」
怒られた……けど何でだろう。そこまで嫌じゃない。
『今から体を引っ張りますのでじっとしていてくださいね!』
「はい!」
しばらくするとずるずると上に持ち上げられていく感覚。そしてようやく腰のあたりまでが窓の内側に入れられた。だがこのままでも不安なので手を伸ばして窓枠を掴み、腹筋を使って起き上がる。するとそこにいたのは――
『よかった……大丈夫ですか?』
女の子……いや、絶世の美女がいた。
目は澄み渡る海のようなサファイア。髪は滑らかな絹のような白銀色。体つきはスレンダーだがどことなく女性らしいラインをしている。ちなみに服は豪奢なドレス……女王が着ているような風格を感じさせられた。
「あ、あの……あなたは……? というか、あれ? MC……あ、いやチューバは?」
だがそこで彼女はどこか諦めたようにため息をついたかと思うとこちらに淡い笑みを向け、
『……はじめまして……というのもおかしいですね。ごきげんよう、レイ』
「は、はぁ……あのところであなたは?」
この小さな島で俺が知らない人は誰もいない。ましてやこんな美女、一度見ていたら絶対に忘れないだろう。なおかつ彼女は美しいが、どこか場違いな感じがする。この島の雰囲気――いや、俗世と言った方がよいだろうか。とにかく普通ではないのは明らかだ。
『察しが悪いですね。まぁ、わかっていたことですけど』
「ご、ごめんなさい」
何で俺は初対面の人に怒られているのだろう……でも全然嫌じゃない。補足だが俺はマゾヒストではないのだ。誤解しないでほしい所である。
『はぁ……単刀直入に言わせてもらいます。よく聞いてくださいね?』
「はい」
『私は楽器です。より正確に言うならチューバ――あなたがMCと呼んでいたチューバです』
……は? いやいや何て?
『理解できないという顔をしていますね。そう……付喪神というものをご存知ですか? もしくはアニミズムについてでもいいですが』
「あぁ、授業で習ったような気もするような」
『平たく言えば私はそれです。物が人の性質を得た付喪神の中の一人とお考えください』
「……悪い。頭が痛くなってきた……というかそんな非現実的なことがあるのか? この世界で」
『あなたも経験があるでしょう? 楽器が生きているように感じたことぐらい』
「あ……っ!」
言われてみればそうだった。だがそれでも信じられない……でも彼女はここにいるわけで……ダメだ頭がパンクしそうだ。
『しょうがないですね……今日のところは帰りなさいな。時間があったらお昼に来てください。はい、これでお話は終わりです』
そう言ってふわりとスカートを翻したかと思うと数秒もしないうちに彼女がいた場所にチューバが出現した。
はっきり言わせてもらおう……もうどうにでもなれ。




