七十九話目
「う~ん。やっぱり何か違うんだよなぁ」
もう練習も終盤だというのに依然として楽器の調子は悪いままだ。一応手当たり次第に参考書を漁ってみたがそれらしき記述はなし。はっきり言って八方ふさがりだ。
「どうしたよ、相棒?」
そっとその体を撫でながら呟く。金属特有のひやりとした感触は、まるでこいつの心の内を表しているようだ。こちらとしては原因がわからないだけに少し困ってしまう。
「何とか言ってくれよ……MC」
久々にこいつを愛称で呼んだ気がした。ちなみにこれ、実は海外ドラマの受け売りだ。よく外国の人たちがイニシャルをもじった愛称を使っているのを見て俺も使いたくなったのだ……エゴと言われればそれまでだが。
「悪かったって。機嫌なおしてくれよ……今度オイル塗ってやるから。おまけにグリスも。悪い条件じゃないだろ? だから頼むよ……って何一人でぶつぶつ言ってるんだ俺は」
相当精神にきているらしい。おそらく今誰かがこれを盗み見ていたら間違いなく精神科に連行されるに違いない。
ため息をつきながらも楽器を構えた。気分的にはもうグロッキーだが、練習には誠心誠意取り組まねばならない。頬を一発はたいて気合を入れてから大きく深呼吸を繰り返していき、愛しい相棒を握る手に力を込める。
そして――息を吹き込んだ。直後、
「――――――――――ッ!?」
勢いよく出てきた予想外の良い音色に思わず言葉を失ってしまう。今までの音が嘘のようにのびやかで響きのある音だった。
「は、はぁっ!?」
改めて楽器を見るも変わりなし。
「もしかして……」
直後俺の脳裏をよぎったのは先生たちの言葉。言われてみれば全員楽器を人のように扱っていたような気がする。仲良くなれるかとか、心を開いてくれるとか……いや、だがそんなことがあるのか?
だが今はとりあえず楽器を横に下ろし――
「す、すいませんでした。二度とぶつけないと誓います」
椅子から立ち上がり体を九十度まで曲げて丁重に謝った。
普段と同じはずなのに、今日のこいつはどこか怒ったようにそこに鎮座していた。




