七十八話目
「……それじゃ、今日のメニューはこんな感じで。頑張っていきましょう!」
『はい!』
威勢よく返事をしてそれぞれ楽器の準備に取りかかっていく。ちなみに俺は今日、ロングトーンには参加しない。もう少し実力を上げてからの方が良いと先生たちが判断してくれたようだ。正直少しありがたい。
「……それじゃ、いきますか」
合わせ練習の邪魔にならないようベランダに退避する。天気は確かに悪いが、雨雲が見えないので急に降ってくるということはなさそうだ。これなら思う存分吹き鳴らすことができる。
「~~~~」
マウスピースに息を吹き込むとそこからは振動音。しばらく感覚を取り戻すために吹き鳴らした後、ゆっくりと丁寧に楽器に装着。準備は万端だ。
「……っし! やるか!」
ダン! と勢いよく椅子に座ったまま地面を踏みつけ、大きく息を吸う。腹式呼吸――まるで腹に風船が入れられているようなイメージを浮かべると楽に入った。更にそれらを数回繰り返した後でようやく楽器に口をつけ――吹いた。
「……あれ?」
――が、昼までと音がまるで違う。確かに今日は俺もこいつも調子が良かったはず……なのに、今のは酷いものだった。ピッチがずれまくっていたし、第一響きがない。ほとんど昼と天候やその他の条件は変わっていないはずなのだが。
「……もしかして……あの時のあれか?」
脳裏に浮かぶのは昼の片づけの時。ちょこっとだけだがベルのところをぶつけてしまった――もしかしてそれが原因なのか? いや、でも凹みも傷も何もない。演奏に支障が出る様な部分は見たところ何処にも見当たらない。
「……何でだ?」
不思議に思いながらも演奏を再開する……がやはり何か違う。どこか拭いきれない不安感と焦燥感を抱く練習は、ひどく居心地が悪かった。




