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七十七話目

「……よし。やるか」

 時刻は昼の十二時四十五分。この前倒れたのは昼飯を抜いていたせいということも判明したため、あれ以来きちんと昼食は取るようにしている。次の五限の授業は一時十五分から始まるので片付けなどの時間も含めるとに十分程度しか練習できないがそれでもいい。ちりも積もれば何とやら……だ。

 まずはマウスピースを一吹きして感覚を確かめる。やや今日は天候が曇っており湿度が高いせいもあってか、少し唇が滑らかに動いた。後は楽器の機嫌がいいことを祈るばかりである。

 しばしブイブイマウスピースを吹き鳴らした後装着する。幸いにも今日は機嫌がいいようで響きがいい。それなりに付き合ってきてわかったが、こいつはどうやら天気が悪い方が好きらしい。何となくここも俺と似ている。

 昼練は時間がどうしても限られているので練習を一つに絞ることにしている。ちなみに今日はロングトーンだ。やはり基本中の基本というものこそ大事にするべきだし、奥が深いものだ。

 イメージするのはまっすぐ前に伸びる一本の音の道。ぶれず、乱れず、一直線に学校の校舎を貫くような力強さを保ったまま吹き続けようとする……が、すでに時刻は一時五分。片付けと移動時間を含めてしまえばもう存分にレッドゾーンだ。

「……うし。残りの練習もよろしくな」

 ポンポンとその体を叩き、スタンドの上で固定してそのままピストンを押して内側の管を抜いていく。やはり年代物のせいで抜き差し管は抜きにくくなっているが、力を込めていけばするりと抜ける。そしてそこに溜まった水――もちろん唾ではなく内部と外部の温度差で出来た水――をタオルの上に垂らしていく。

 あらかた抜き終わると今度は自分が場所を変えて外側の管を抜いていく。ここが一番力のいるところだ。もう一枚持ってきていたタオルを管の間に通し、ずるずると引っ張っていく。しばし緩慢な動きになるが、ある一定区間を過ぎるとするりと泣けた。そうして後は他の管と同じ動作を繰り返し――ようやく水抜きが終わった。

「……ってやばい! ごめんちょっと急ぐ!」

 すでに時刻は一時十分。急いでマウスピースを専用のクリーナーを使って丁寧に拭き、元にあった場所に戻すと今度は楽器のもとに向かい仕舞おうとしたところで――

 ガンっ!

「うわっ! ごめん!」

 ケースの淵に当ててしまい、硬質な音が響いた。見たところそこまで傷は深くないようだったので、優しくさすって丁寧にケースの中に収納する。本当ならもっとケアをしたいが時間がない。俺は逃げるようにその場を後にした。


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