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七十五話目

「おはよう……ってどうしたの!? 浜に打ち上げられたクラゲになってるよ!?」

「何じゃそりゃ」

 教室に入ってくるなり千尋がそう叫んできた。それを聞きつけてか先に教室にいた燐も駆け寄ってくる。

「うわ、ほんとだ。大丈夫?」

「大丈夫だって。心配しすぎだよ」

 とは言ったものの二人の言ったことはおおむね正しい。昨日はなかなか眠れず、気が付いたら朝になっていた。実質睡眠時間はゼロだ。

「ちゃんと寝たの?」

「まぁ……多少な。それよりトラはどこだ?」

「たぶん遅刻だよ。睡眠は大事というけどあれはねぇ……」

 同時にため息をつく千尋と燐。まさかこんな扱いを受けているとはあいつも夢にも思っていないだろう。

「あのさ、樫井」

「ん? 何だ、燐」

「昨日のロングトーンのこともしかして気にしてる?」

 さすがに長い間同じ島にいた仲間というべきか。千尋に至っても同意見だったようで神妙な顔をして頷いている。

「……どうしてわかったんだ?」

「わかるよ。樫井は自分で考えている以上に顔に出るタイプだし、私はパーカッションだからね。一番後方からはみんなの様子がわかるんだ」

「私に関しては勘かな。昔同じ経験をしたことがあるし」

「……そうか。だが、心配しないでくれ。大丈夫だから」

 だが燐は首を振りそれを否定する。

「悪いけどそうはいかないよ。心配もするし、お節介もする。それが同じ部活の仲間ってものだから」

「だが……」

「あのね、樫井。厳しいことを言うようだけど――」

 そこで燐はあえて溜めを作り、

「はっきり言って樫井が足手まといっていうのはみんなわかってるよ。部内で一番下手ってことも、楽器に対しても音楽に対して無知だっていうのも」

「……いいたいことはそれだけか?」

「いいや。私が言いたいのはだからこそ全員でそれをカバーするっていうこと。迷惑をかけてもいい。足を引っ張ってもいい。だって私たちは一人でやっているわけじゃないんだから、誰かがミスをした分は他のみんなが補う。だからそんなに抱え込むことないんだよ」

「そうだよ。私だって昔同じようなことを経験したけど、いつかその悩みは解決するからさ。まずは楽しむことだよ。そうすればきっと必ず道は開けてくるからさ」

 ……正直嬉しかった。まさかこの二人がここまで親身に相談に乗ってくれるとは。てっきり俺は役立たずでみんなからは疎まれているとすら思っていた。

「さっきはマイナス面ばかり言ったけど、樫井が誰よりも努力していることや勉強していることもよくわかっているよ。ちゃんと見ているから、大丈夫」

「……ありがとう。二人とも。迷惑をかけた」

「いいって。助け合うのが吹奏楽でもあるんだから」

 気付けば気持ちが少しだけ軽くなっていた。まるで心にたまっていたヘドロのようなドロドロとしたものが一気に流されていったかのように晴れやかな気分だ。

「遅刻遅刻遅刻~! ってあれ!? 何この空気!? 俺抜きの間に何があったの!?」

「千尋」

「うぃ」

 悪い、トラ。今のはお前が悪い。

「な……何で走ってきた直後にコブラツイストかけられなくちゃいけないの……っ!?」

 トラの悲痛な叫びが教室中に空しく響き渡った――。


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