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七十四話目

「……ダメだ」

 部活を終え、家に帰った俺は一人苦悩していた。マウスピースを練習用として持ち帰ってきたはいいものの、やはり満足な音が鳴らない。マウスピースだけの状態で鳴らないのだから楽器をつけてなど出来はしない。

 小さくため息をつき、目の前に置いてある教本にもう一度目を通す。重要点には赤線を引き、意識しているようにしているのだがそうすると他がおろそかになる。かといってそちらに気を配ればまた別のところがおざなりになる。

「クソ……集中しろ馬鹿……」

 脳裏に浮かぶのは今日のロングトーン。まるで自分だけがどこか知らないところに取り残されているような言いようのない不安感が俺を包んでいた。それは緩慢に、確実に、こちらの首を絞めにきている。それがわかっているからこそもがいているのだが、粘着テープのように取れやしない。

「落ち着け……落ち着け。クールにいこう……冷静に、着実に……」

 深呼吸を繰り返し、焦らないよう自分に言い聞かせる……が、ほぼ無意味だった。膝が勝手に笑いだし、心臓が早鐘を打ったように暴れまわる。気づけばマウスピースを握っていた手も小さく震えていた。

「……チッ」

 吐き捨てるように舌打ちしてベッドに横になる。もうこんな精神状態での練習は無意味だ。今日は早く眠ることにしよう。願わくば明日こそは一歩でも前に進めるように。


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