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七十話目

「さて、そろそろ行くか?」

「オッケー。ちょっと待ってて」

 先に行った女子二人の背を見ながら急かすようにトラの前で足踏み。無言のプレッシャーに参ったのか帰り支度を始めていたトラの手が加速していく。

「よし、それじゃ行こうぜ」

「了解。それにしても気合入ってるね」

「まぁな。今俺は燃えてるんだ」

 俺の答えに笑みを返し、こちらの肩を小突いてくるトラ。ちょうど肩の付け根――骨の継ぎ目に当たって少し泣きそうになった。

「俺も負けてられないね。というわけで競争だっ!」

「またそれかいっ!」

 勢いよく駆け出していったトラの後を全速力で追走する。肩にかけているスポーツバッグが体に当たると痛いので両腕で抱え、さながらアメフト選手のような格好になって。

 すでに音楽室からは音出しが聞こえる。フルートにクラリネット。それからアルトサックス――おそらく二年生たちだ。案の定階段を上り終えるとそこには霜国先輩の姿。勢いよく頭を下げるとにこやかな笑みを返してくれた。

「こんにちは。先輩方早いですね」

「まぁね。今日は帰りの会がすぐ終わったから」

「けど、上村先輩の姿が見えないですね?」

 トラが割って入ってきた。だが、それに嫌そうな顔一つせず先輩は頷き、

「ああ、今日は日直の仕事で少し遅れるんだって」

 これも高校の部活ならではだろう。全く難儀なものだ。

「それより自分たちのことだよ。準備した方がいいんじゃない?」

「あ、はい!」

 おしりに火がついたようにその場から動き出す俺たち。その様子を見て霜国先輩はけらけらと笑っていた。案外サディストなのかもしれない。

「おっと。危ないから走らないようにね」

「す、すいません。蛇塚先輩!」

 トラがフルートを持った女の先輩――二年生の蛇塚先輩に頭を下げる。するとその様子を見てか、同じく二年生の大暮先輩が二人のもとに歩み寄った。

 実はというと俺はこの二人とそこまで面識がない。トラは合奏の時一緒にいるから仲がいいらしいけど、俺は楽器も担当するパートも違えばそもそも合奏にすら出れていないのだ。若干気おくれしてしまう。

「もしぶつかったら楽器が大変なことになるでしょ? 走るのは感心しないな」

「いや、でも、霜国先輩が……」

「人のせいにしないっ!」

「ひぃっ! すいません! すいません!」

 二人の先輩からお叱りを受けるトラ。とばっちりを受けるのは勘弁なので急いで準備室へ避難。そのまま逃げるようにチューバのもとに歩み寄った。

「それじゃ、よろしくな。相棒」

 まずはケースから取り出して近くの安定した場所に置く。何でも本に書いてある通りなら不安定な場所に置いてあると倒れてしまう危険性があるそうだ。そうならないために壁に付けて置いたり、平坦な場所に置く必要がある。

「全く……大変だな。お前も。というか、やっぱり俺とお前って似てるかもな」

 と、そこでガラッという音。見ればドアを開けたところで桶田先輩が固まっていた。

「そろそろメニュー言うよ。おいで」

「あ、はい」

 どこかよそよそしい気がするのは気のせいだろうか? やはり楽器と話しているのを見られたのがまずかったのか?

 だが、そんな俺のことなど気にも留めず、先輩はみんなの前に立ちひとつ咳払いして手元の紙を読み上げる。

「今日のメニューは基礎練とロングトーンを全体で。それが終わったら個人練で六時から一回合奏を通して今日は終わります。あ、それと樫井くん」

「はい?」

「今日からロングトーン入ってもらうからそのつもりで」

 さらりと。まるで息を吐くかのような自然さで重要事項が告げられた。


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