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六十九話目

「なぁ、これってどういう意味だ?」

「ああ、これね。クレッシェンドって言って徐々に強くって意味だよ」

「なるほど……ありがとう、燐」

 部活前の少しの時間を使ってこうしてみんなに教えてもらっている。ちなみに今のは楽典といって、様々な音楽記号が書かれている本の中から選び出したものだ。

「にしても……これ何語だ?」

「ドイツ語だよ。大半はね」

 これは千尋の補足だ。なるほど言われてみれば確かにそれっぽい。

「難しいなぁ……読めねぇよ」

「大丈夫だって。読み方はどうでもいいから意味を覚えなくちゃ」

「って言っても燐。これどれだけあるんだよ?」

「ざっと百近くはあるんじゃないかな?」

「百……!?」

 気が遠くなりそうな数だ……いや、英単語なんかの暗記に比べれば楽かもしれないが。

「でもそれを覚えることが上手くなる方法だよ。頑張って」

「軽く言うなよな……」

 二人はそれに軽く笑いを返すだけである。もちろん彼女たちも通った道なのだろうが。

「ま、気楽にいきなよ。そんなに思いつめることはないさ」

 こんな時ばかりはトラの楽観的姿勢がありがたい。こっちの気持ちをリラックスさせてくれる。

「ところで……そっちの合奏はどうだ? 上手くいきそうか?」

 だが、三人はそれに曖昧な笑みを返すだけである。

「まぁ……難しいかな。パーカッションは先輩がいるから教えてもらえるけどね」

「そうそう。それを言い訳にするわけじゃないけど、先輩がいるっていうのは大きなアドバンテージだよ。いろいろ教えてもらえるし、合わせの練習もできるしね」

 千尋の言い分にトラも頷く。

「だね。千尋はパート一人だから大変だと思うよ。あ、もちろんレイもね。しかも高校からだし」

「千尋はそういう……教えてくれる人はいたのか?」

「まぁね。先生がトロンボーン経験者だったの」

「そういえば……小林先生は何の楽器を経験してたんだろうね?」

 トラが不思議そうに首を傾げる。それに同調するように燐も俯きつつ、口を開いた。

「言われてみれば……後、寺野先生も吹奏楽部だって言ってたよね? 何の楽器なんだろう? 今のところ合奏に一度も来てないし……」

 四人で顔をつきあわせ、うんうんと唸る。こうしていてもどうやら答えは出なさそうだ。

「まぁ、完全独学にはならないようにしなよ。変な癖がついたら治すとき大変だから」

 燐の忠告に頷き、楽典を机の引き出しにしまう。そろそろ授業が始まる時間だ。とりあえずは授業に集中することにするとしよう。

 メリハリが大事……これはこの前の一件で学んだことだ。これはずっと大事にしておこう。きっといつか役に立つ日が来るはずだ。


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