六十八話目
「あれ? レイ今日は昼練行かないの?」
「ああ。まだ体調が戻ってないししばらくは控えようと思ってな」
「なるほどね。確かに最近頑張りすぎてると思ってたよ」
菓子パンを頬張りながらトラがそんなことを言ってくる。おそらくそう思っていても進言しなかったのは長い付き合いで俺が拒むとわかっていたからだろう。幼馴染というのはそういうものだ。
「でも、樫井もだいぶ上手くなってきたよ」
横から千尋が割って入る。
「お世辞はいいよ」
「まさか。本心だよ」
その言い分に思わず苦笑する。それが本心だろうがなかろうが、そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。
「練習と楽器は嘘をつかないからね。信じていればいつか結果はついてくるよ……ってまだ数年しか経験してない私が言うのもなんだけどね」
「でも、数年やって実感できてるのは確かな成果じゃないか?」
「そんな大層なものじゃないよ。私のはただの受け売り。中学の先生のね」
肩をすくめながらそう言う彼女の肩を誰かがポンとたたく。燐だ。
「あ、燐。どこに行ってたの?」
「うん? ああ、下駄箱に忘れ物を届けてもらってたからそれを取りにね」
彼女が抱えているのは……大きめの紙袋。それなりに重いようで手が小さく震えている。
「忘れ物? 燐にしては珍しいね」
「トラの基準で言われたら困るよ。毎日一個は忘れ物してるんだから」
「いいんだよ、学校の教材なんか忘れても。やる気を忘れなければね」
「千尋、やっていいよ」
直後爆ぜる様に動き出した千尋にプロレス技をかけられるトラ。おそらくあれはヘッドロックだ。完全に極まっているのか苦しそうに身悶えしている。
「で? それは何なんだ?」
「うん。はい、これ」
「……え?」
「資料がないって前言っていたでしょ? だから持ってきたの」
確かに中には大量の本――だが、
「いいのか? 俺なんかに……」
「もちろん。樫井はもっと私たちを頼ってよ。同じ部活の仲間なんだから」
「そうそう。一人じゃないんだしさ、助け合わなくちゃ」
どうやら制裁を完了したらしき千尋が声をかけてきた。トラはまだ苦しそうに息をしている。当然の報いだ。
「それを読んでわからないところがあったら私たちに聞いて。少なくとも一人でやるより効率はいいはずだからさ」
「私は同じ金管だし、共通点もあると思うから。それに教えるのは好きだしね」
「……ありがとな、二人とも」
「いいよ別に。水臭い」
照れくさそうに鼻の頭を掻く千尋と、ほんの少し頬を赤く染める燐。やはりこいつらは最高だ。早く一緒に演奏がしたい。
「お……俺もいるよ……教えるよ……」
「おっと。まだ息があった」
一拍おいて聞こえる断末魔……これも気を許している仲間だからこそできることだろう。たぶん……そうなはずだ。




