六十五話目
「暇だ……」
学校から帰っても何もすることがない。こうなることを見越していたのか、楽譜も参考書も取り上げられていた。
ふと手を見つめるとそこにはチューバの感触。大きくて、ずっしりとして頼りがいがある冷たくも優しい楽器――今吹いていないことに違和感を覚えるということはすっかり楽器の奴隷となれたのだろう。ついその事実に苦笑してしまう。
だが、今はあいつを吹くことすらできはしない。
……先生たちの言うこともわかる。いつの間にか目的がすり替わっていたというのもわかる――だが、どうしたらよかったんだ? 部員不足の部活では一人一人の重圧も相当のものだ。ミスも目立ちやすくなるし、負担もデカくなる。俺が下手なままならそれだけでも十分な不利だ。
確かに辛くて苦しかった……でも、それと同じくらい楽しかった。少しずつ進歩しているのがわかった時や、誰かから励ましてもらった時。チューバの新しい一面が見つかった時なんて飛び跳ねるほど嬉しかった。
心で渦巻いていた情熱に身を焦がされていたのもわかってた。それに飲み込まれて消えそうになっていたのも薄々気づいていた……でも、離れた今だからこそわかる。やっぱり俺はチューバが、吹奏楽が好きだ。もっと吹いていたいし上手くなりたい。誰かのためじゃなく、ただ自分だけのために。
「……嗚呼、そっか……」
いつの間にか周りが見えなくなっていた。責任感と重圧に押しつぶされて、目の前の事しか考えていなかったがそうじゃなかった。俺が目指すのはもっと先……それをすっかり忘れていた。
とりあえず今は休息をとることにしよう。明日――いや、これからも吹奏楽を続けていくために。




