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六十話目

「言われてみればそうだったね。楽譜の読み方教えてなかった」

 先生は申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。事実、運指は音階を書いてそれに対応するピストンの番号が書いてあるだけで音符を読むということはなかったのだ。

「そっかぁ……マズったな」

 本番まではもう一か月しかない。そこでこのミスがどれだけ手痛いものかは俺にも容易に想像がついた。

「しょうがない。とりあえず読み方だけ明日教えよう。朝、来れる?」

「はい。もちろんです!」

「それじゃ、明日来たらすぐに譜読みを教えるよ。まぁ、チューバは楽譜が大体単調だからそこまで気負わなくていいよ」

 確かに先生から受け取った楽譜は音符の数こそ多いものの、何というか単調なものだった。それこそロングトーンとタンギングの複合系のようなもので、目立ってテクニカルな部分は見当たらなかった――が、一つ問題がある。

 それは楽器の表記のことだ。

他の楽器の楽譜を見せもらったが、例えばクラリネットならClと表記され、トランペットならTrpなどと、ある程度簡略化されているのだが……チューバだけはTubaだった。またここでも疎外感だ。しかもこれをローマ字読みしてしまえば「つば」になってしまうという……何ともまぁ、泣けてくる話だ。

「どうした? 何か辛いことあった?」

「……いえ、この世の不条理を嘆いていただけです」

「何じゃそりゃ。まぁ明日はよろしくね」

 呆れたようにため息をつきながら先生は去っていった。それを見て俺も帰り支度を済ませていく。楽譜をクリアファイルにしまい、折り目がつかないようにきちんと保存。ちなみに演奏の時譜面台に置く専用のスコアブックというものはまだもらっていない。明日先生に言ってみることにしよう。

「……っとその前に……」

 ガラッと準備室のドアを開け、相棒のもとに寄り優しく労わるようにケースを撫でた。さっきの楽譜の件があったからだろう。見ているだけで少し涙が出てきた。


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