五十八話目
「……」
曲が終わったというのに緊張感がほぐれることはない。誰もが先生の方を真剣なまなざしで見つめていた。
「とりあえずは及第点かな。前の合奏よりはマシ」
先生の言い方はどこか不満げだ。それはみんなも同様のようで眉をひそめている。
「まずトランペット。音が雑。タンギングが不十分だから歯切れが悪いし、聞き取りづらい」
『はい!』
トランペットパートの二人が同時に声を上げ、楽譜に何かを急いで書き込んだ。おそらく言われたことを次につなげるためだろう。
「それからトロンボーン。走りすぎないで、もっと周りを見て落ち着いて吹くこと」
「はい!」
千尋が大きく頷いた。
「後は……パーカッション。時折リズムが乱れる。惑わされないでちゃんと刻んでくれないと他のみんなが路頭に迷うことになるよ」
『はい!』
「……後は、まだ息が合っていない。全員がばらばらの方向に向かって吹いている感じだから、聞いている方からしたら違和感を覚える。もっと周りを見て、音を聞いて、吹くようにして」
『はい!』
……ここまでで一つ気づいたことがある。注意されたパートは全部新入生が入っているということだ。まだまだパート内でもわずかな齟齬があるせいでバンド全体にも影響が出ているということだろう。
(でも……違うんだよな……)
俺が感じた違和感はそこではなかった。先生が指摘したことはいわば歯車がかみ合っていないというニュアンスの物であったが、俺のは――そう。歯車が一つ足りていないように感じた。大事な何かが欠如している……そんな感覚だ。
「レイ。いいかい?」
「あっ、はい!」
俺の心中を察したかのように先生が声をかけてきた。いつもの先生らしくない低く、真剣味を帯びた声音に思わず驚いてしまう。
「気づいているかもしれないけどこれはマーチ――行進曲だ。つまりここで大事になってくるのは主に低音。その証拠にほら」
先生が指差した先を見るとそこには霜国先輩の姿。だが、彼女が構えているのはいつものサックスではなくもっと巨大な――サックスだ。
「今彼女が持っているのはバリトンサックス。もちろん本番はアルトサックスを吹いてもらう予定だけど今日はこうして吹いてもらっている。つまりどういうことかというと本来はチューバがやるべきことを今代役でしてもらっているってことだよ」
「……なるほど」
薄々勘付いてはいた……が、今の先生の一言で少しわかった。たぶん俺が感じた違和感というのは低音楽器の不在。バリトンサックスも低音の部類だが、いかんせんチューバの方が迫力に勝ってしまう。
「ちなみにこれをやるのは来月――五月の中旬。この島恒例の観艦式の時だよ」
観艦式――軍艦が停泊する佐世保港の近くにあるこの島ならではの行事だ。港に着く前にいったんこの島によって長旅の疲れを癒す。その際の出迎えとして毎回吹奏楽部が参加しているのだ……まぁ俺は今まで出たことが無いが。
「その時までに少しでも吹けるようになってほしい。この曲――いや、マーチなんかの肝はベースやパーカッションだ。それがないと総崩れになる」
――今さらながら、俺はとんだ楽器を相棒に選んでしまったらしい。まさか曲によっては中核を担うとは……正直あの見た目だから演奏でもハブられているのかと思っていた。しかし、
「……面白い」
俺の中にあったのは歓喜と興奮。血が騒ぎ、沸騰するような、どこか懐かしい感覚だ。
絶対に今よりも上手くなってやろう。それが容易くないのは十分承知している。だが精一杯足掻いて、もがいて、抗って……最後まで戦ってやる――。




