五十七話目
「レイ。そろそろ部活行こうよ」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
教室のドアの付近で待っているのは一年生の吹奏楽部メンバー。思えば練習の時は別行動になることが多いので話したのも久しぶりに感じる。
「早くしないと部活始まるよ」
「急いで急いで!」
燐と千尋が急かしてくる。俺は苦笑しながら机の上に合った教材を全部バッグの中に叩き込み、みんなの方を向いた。
「お待たせ。行こうか」
「じゃあ競争ね! よーい、ドン!」
「あっ! トラ!」
燐の制止も聞かずもうダッシュで駆けていくトラ。普段はちゃらんぽらんしているが、意外に足が速いのだ。俺たちもその後を追うように走っていく。……妙に青春っぽいと感じたのは気のせいではないだろう。
あっという間に四階に到着すると、トラと千尋は第一音楽準備室。燐は音楽室――と、それぞれの楽器たちが置いてある場所に向かっていった。ちなみに第一音楽準備室には金管と木管のほぼすべてが、音楽室にはパーカッション全般が配置されている。
……だが、チューバだけは第二音楽準備室。軽くハブられていると思われるかもしれないが、これにはちゃんと事情がある。チューバまで一緒の部屋に入れてしまうとどうしてもその巨体ゆえにスペースをとってしまうのだ。
パーカッションのように据え置きでもなければ、他の楽器たちのように持ち運びが便利なわけでもない哀れな楽器――なぜかそんな言葉が頭をよぎった。
「……安心しろ。俺はお前好きだから」
ぶつぶつと呟きながら準備室のドアを開けチューバのもとに向かう。徐々にこの大きさに慣れてしまった自分がいるのが信じられない。
「……やばいな。もう片手で持ち上げられるようになっちまった」
最初の頃など両手でしっかりと持たなければ落としそうだったのに、今ではどこを掴めば安定するのかもわかってしまう。ちょっと本気を出せば立ったまま吹けそうな勢いだ。
「まぁ、良いことだろう。たぶん」
丁寧にケースから出して基礎練の準備をする。今日は俺もこいつも調子がよさそうだ。
「レーイ! メニュー言うってさ!」
「おう! わかった!」
トラに促されるように部屋から出ると、いつの間にか先輩たちも来ていた。
全員が揃ったのを確認して桶田先輩がメモを読み上げる。
「今日のメニューは基礎練と個人練。六時から一回合奏通すからそのつもりで」
その問いに全員が一斉に頷いた。その目には力がみなぎっている。
「後、樫井くんは合奏の時には聞いて。そこで分かることもあるはずだから」
「はい。わかりました」
「よし、解散」
それを受けていっせいにみんなが音楽室に向かっていく中、俺だけは楽器を持ってベランダに行く。いつも他の部員がロングトーンをしている時邪魔にならないためだが、若干ハブられている感が否めない。あ、そうか。チューバと一緒か。
「強くいこうぜ、相棒」
お前も俺と同じか……って一昔前の不良かっ!
邪念を吹き飛ばすようにマウスピースに息を吹き込む。やはり今日はいい具合だ。音もよく飛んでるし、唇もよく動く。体の力も徐々に抜けてきた。
「……っし! やるか!」
拳を打ちあわせて気合を入れ直してマウスピース練習を再開。先生から言われたことや自分で学んだことを思い出しながら、気を抜くことなく吹き続けた――。
「……おっと。もうこんな時間か」
すでに時刻は六時間近。そろそろ合奏が始まるころだ。
楽器たちを中に避難させてから音楽室へと向かうとすでにそこには先生以外の全員が揃っていてそれぞれ精神統一をしていた。普段のみんなからは感じられない、一種の緊張感で満ちている。
「よし。ちゃんと集まってるね」
『お願いします!』
先生が入室するなり一斉に起立し、大声で挨拶して頭を下げた。俺も半テンポ遅れてそれに続く。
「今日は一回合奏をして終わるから集中して。リテイクなし、本番と思って」
『はい!』
さっきも思ったことだが、先生が来てからは場の雰囲気がガラッと変わった。もちろん緊張感はもともとあったのだが、なんというか殺気に近い物を感じるのだ。
「……じゃあ……いこうか」
先生が指揮棒を構えると同時部員たちの表情が変わった。鬼気迫る様子で指揮者の方を凝視している。
「――ッ!」
数秒おいて拍を取り、曲が開始された。いや――曲……と呼べるのだろうか。この強引なまでの音の奔流は。
まるで音が意思を持ってこちらに向かってきているようだった。強制的に曲の中へと引きずり込まれていく感覚。時折見えるそれぞれの楽器たちのアクセントが聞いているものを飽きさせない。
聞いたことのない曲だったが、それは今重要ではない。十分に上手いとわかるのだから。
フルートが堂々と歌い、トロンボーンが勇壮な音楽でバンドを前に進ませる。クラリネットが静かに語りかけてきたかと思うと、トランペットが荘厳な響きで激しい自己主張をし、サックスが上手くそれらをまとめた。もちろんパーカッションが裏で支えているのもいい味が出ている。
曲調からするとおそらく軍歌か何かだろう。自身に満ち溢れたいい演奏だが――何かが足りない。それはたぶん……この曲の核となるもので、必要不可欠な、大事な大事な何かだ。




