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五十六話目

「よし、それじゃ始めようか」

「はい。お願いします」

昼になると俺はすぐ音楽室に向かった。昼飯は……まぁ、食べなくても死ぬことはないだろう。

「まず姿勢は……とりあえずはいいかな。キチンと足が地面に付いてるし、背筋もピシッと伸びてる。ただ一つ言うなら力が入り過ぎ。楽器を吹く時に気負うのは厳禁だよ」

肩をポンと叩かれ、それを受けて俺もゆっくりと力を抜いていく。最後にゴキゴキと首を鳴らし、

「もう大丈夫です。それじゃお願いします」

「うん、よろしく。あ、お昼は一個の練習に絞るんだけど今日はタンギングね。今のままだとまずいから」

正直自分ではそこまで悪いとは思っていなかったが、先生からすると違うらしい。何にせよ上手くなれるのはいいことだ。

「まず第一段階なんだけど、タンギングってなんでしょうか?」

「舌を使って音を短く刻んでいくこと……ですか?」

「正解。タンっていうのは舌を意味しているから直訳的だよね。だからちゃんと音を切る時にはほっぺとか、唇じゃなくて舌で切るように。大事なことだから今後何度も言うよ」

「はい! でも、言われないようにちゃんと吹きます!」

「おし! その意気で早速いってみよう!」

直後動き出すメトロノーム。その動きをよく観察しつつ、タイミングを見計らってタンギングを開始――した数秒後。先生によってメトロノームが止められた。

「そうだ。言うのを忘れていたんだけどほっぺを膨らませないように」

「え……? ダメなんですか?」

「ダメってわけじゃないよ。実際にプロでも膨らませる人はいるし。でもね、今は膨らませない方が俺は良いと思う。基礎をまずつけておいたら後でいくらでも変えられるから」

「そうですか……じゃあ治します! ……ってあれ?」

後ろに立っている先生の両手が俺のほっぺに触れるか触れないところで止められた。チラリと見えたが、爪がかなり伸びていた。

「あの……これは?」

「ああ。ほっぺ膨らませたら刺さるからそうならないようにね。たぶん痛いから」

ニッコリと笑いかけながら怖いことを言われた。確かに勢いよく膨らませたら爪が深々と刺さることだろう。正直怖い……が、

「いいですよ。やってやりますよ」

口から獣の如き唸りを漏らし、ピストンタイプ特有のグリップ部分をしっかり握ってバイクのハンドルのように回す。いや、回転はしないのだが、あくまで気分だ。

「……っし。やろうか」

「はい! いきます!」

既に気合いは十分。勢いよくタンギングを開始したーーのだが当然いきなりできるわけもなく何度も爪が刺さった。

まぁ、こうなることは何となく予想できていた。音楽は、楽器は、チューバはそんなに甘くないのだ。

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