五十二話目
「さて……っと」
ロングトーンの後はリップスラーという練習。これは音をなるべく切らず繋げるようにして吹く練習方法だ。
スラーの時は一番下の音――つまり下のドから始めて、ソへと繋げてもう一度ドの音へと戻る。後はこれの繰り返しだ。
……ここでチューバの基礎知識だが、チューバは四つのピストンがあり、それらを押すことによって音程が変わる。また、これらはマウスピースの中で唇の震わせ方を変えるだけで複数の音を同じピストンを押した状態で出せる。
リップスラーは言ってしまえばそれの応用だ。ピストンは出した音の状態から変えず、唇――つまりリップを使って音程を変える。
「……ふぅ。よし、いこうか」
テンポは先ほどと同じ。一、二、三のリズムで音程を変えるのだ。
まずは息をゆっくり吹き込みドの音を鳴らし、メトロノームをよく見て次はソの音。最後にドにもう一度下がって二拍で呼吸を整える。
次はドのナチュラルの音からファのナチュラル……ここがかなりキツイ。
シャープやフラットが付く音は今の俺にはややレベルが高い。移行する時に暴発したり、音を外したりしてしまう。
しかもこのリップスラーというのが中々の曲者で、繊細な技術が要求される。音がブチブチ切れないようにしっかり唇を活用せねばならないのだ。
更にここで問題となってくるのが音の強弱だ。一定に出さなければいけないのだが、音が高くなると強くなったり、低くなると弱くなったり安定しない。これではダメだ。
腹に力を入れ、姿勢を正して吹くも――上手くいかない。まだまだ俺の唇が吹奏楽用のものになっていないということだろう。精進せねば。
はっきり言って――キツイし、辛い。キチンと吹けないせいで余計にフラストレーションが溜まっていく。
だが……頭をチューバに引っ付けることでクールダウン。ヒンヤリとした感覚を得ながら、俺は静かに目を閉じた。
「落ち着け……ゆっくりでいいんだ……大丈夫……よし」
そうだ。最初から出来るわけなんでないんだ。無様でも、不恰好でも、前に進むことが大事なんだ。
再び深呼吸をし、リップスラーを開始――しようとしてピタリと止めた。
「あ……そうだった。目標は一つに絞った方がいいって先生が言ってたっけ……」
なら……どうしよう? 俺が今すべきことは……
「そうだな。ひとまず今日は音を全部当てられるようにしよう。五回連続で一回も外したり、暴発させたりしないことが今日の目標だ」
目標を定め、今一度呼吸を整える。そして楽器と完全に同調した時を狙い、演奏を開始する。
ドの系列……クリア。ナチュラルの系列……クリア。レの系列……クリア!
だが、次だった。鬼門は。
二番と三番ピストンを押すのだが、イマイチまだ加減がわかっていないせいか、音が掠れてしまった。失敗である。
「……もう一回!」
また最初から開始。今度は唇だけではなく指使いにも気を配っていく……が、やはり成功せず。
すごく悔しいし、歯痒いが――嫌ではない。少しずつだが上達が感じられたからだろうか? いや、ただ単純にチューバを吹くのが楽しいのだ。
こちらが向き合おうとすればするほど、こいつも俺に向き合ってくれる。日々知らなかった部分が見えてきて、飽きない。
それから幾度となく失敗したが、その分練習した。指が吊り、唇が動かなくなるまで何度も何度も吹き続けていった。




