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四十三話目

 マウスピース練習を始めてから約三十分後。続々と先輩たちがやってきた。無論挨拶は忘れていない……最低限のマナーだ。

 そして遅れて一年が揃い、最後に先生が着いたところで――

「メニュー言うからおいで」

 急な召集を受け、俺は楽器を中に避難させたのちみんなのいる音楽室へと向かっていった。ちなみに今日の服装は学校指定のジャージ。休みのときはこれが正装らしい。

「さて、今日のメニューはまず筋トレ……っと言いたいところだけど、レイ」

「はい」

「まだ他の一年生みたいに吹奏楽をやる体になっていないだろうから、ちょっと別メニューで。楽器は吹けるけど、筋トレの部分をやや多めにするから」

「はい! お願いします!」

 それは俺自身自覚していたことだった。まだ体ができていないせいで音がぶれるし、何より安定感や質感にかける。

「じゃあ……そうだな。教育係は……今日は能代。お願い」

「はい。よろしくね、樫井くん」

 にっこりとほほ笑みながらこちらを向いてきた彼女の手には音楽プレイヤーとイヤホン。直後俺は悟った。今から始まるのは想像も絶するしごきだと。


「オラアアアア! そんなものか樫井いいいい!」

「違い……ます!」

「だったらしっかりやりやがれ!」

 今俺たちは二人並んで別室で腹筋をしている。俺も元運動部員で体力や筋力に自信はあったが、完全に負けていた。こちらはすでに息が切れかけているというのに、向こうは汗ひとつかいていない。

「根性出せ! 気合入れろ、気合!」

「……オッス!」

 言いながら腹筋をしているのだから信じられない。化け物か、この人?

「はい、ラスト! 三……二……一!」

「……っぶはぁ!」

 腹がねじれて死にそうだ。ここまで腹筋を使ったのは初めてである。

「しかし……意外にやるじゃねえか。ここまでついてこれるとは正直驚いたぜ」

「ど……どうも」

 平然と言われてもお世辞にしか聞こえない。もっと頑張らねば。

「ほら、ちょっと触ってみ」

「……は?」

「だから、あたしの腹だよ。腹筋どれだけあるか見てみろって」

「いや……それは……」

 一応言っておこう。俺はあまり女性に免疫がない。フォークダンスで手をつなぐだけでも精一杯なのに、腹を触るなんてとても……

「いいから。ほら!」

「わっ!」

 グッと腕を無理やり引かれ、彼女の腹に当てられた。

 むにむにとした女性らしい感触……があるのに、その下にある筋肉はとても固い。しかも息を入れた時にまるで膨らむような柔軟性も兼ね備えている。俺の知る限り最高の腹筋だった……いや、断じて俺は変態ではない。

「な? これぐらいにならなくちゃいけねえんだよ。だからほら! 次は別の奴やるぞ! そのまま寝そべってな」

 頷きを返し、仰向けのまま寝そべっていると……急に足首を掴まれ、グイッと上にあげられた。

「これからあたしがお前の足を左右に揺さぶるからな? 自分の腹筋を使って足を元の位置に戻せ。上半身は絶対に地面から離すな。以上」

 それだけ言ってこちらの足を思い切り右に振った。思わずよろめきかけるが何とか踏ん張り、地面に着くすれすれで足を止める。そこから反動を使って一気に元の位置に戻すも、今度は左に持っていかれる。

 傍から見れば面白い見世物だろうが、意外にこれがきつい。上半身を地面につけているので、完全に腹筋を使わなければ足を上げることはできず、なおかつ地面ギリギリで止めるのにも相当の筋力がいる。

「右! 左! ペース落ちてんぞ、樫井!」

「はい! すみません!」

「謝る前に行動で示せ!」

 更に足を振る勢いが増した。いつの間にか俺の額には汗が浮かび、動悸も激しくなってきた。だが、それでも続ける。歯を食いしばり、爪で地面をえぐるのではないかというほど踏ん張って。

「中々やるな……じゃあこれは!?」

「――ッ!」

 足を右に軽く振ったかと思うと、こちらの足が上がる数センチ上で手を構え、バスケのドリブルのように俺の足を押していく。おそらく地面との距離わずか数十センチ。これはかなりきつい。

 押す力自体は変わらないので、止める力と上げる力が必要以上に要求される。しばらくして限界を迎えようという時――先輩が叫んだ。

「根性見せろや、樫井! ラストォ!」

 今度は一気に――左へと足が振られた。今まで右だけの単純運動であっただけに、筋肉と頭がそれの処理に追いつかない。だが……あわや激突というところで、無理矢理止めた。足の筋肉を強引に硬直させ、頬の肉を噛んで耐えた。

「……あぁっ!」

 最後の力を振り絞り元の位置に戻すとぽすっという感触。見れば能代先輩が優しく受け止めてくれていた。直後、こちらの体の力が抜けたのを見て、そっと地面に俺の足を下ろしてくれる。すると今度は嬉しそうに笑みを作り、

「よくやった。頑張ったな」

 俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。それは彼女からの賞賛。ただそれだけなのに、胸がじぃんと熱くなってしまった。

「おし! あたしも負けてらんねえな! 次頼むわ」

「あ……すいません」

「ん? どうした?」

 この後、足が痛すぎて立てなくなりトラと能代先輩に笑われながら音楽室に運ばれた。正直、泣けた。


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