四十二話目
時刻は午前六時。いつもより早く準備を終えた俺は即学校に向かっていた。
今日は記念すべき正式に入部してからの初の部活だ。そのため、一番の新参である俺は誰よりも早く行って練習せねばならない……一応、これは誰に言われたわけでもなく自分の意思だ。他の人より劣っていると自覚しているからこそ、それを補うために足掻かなければいけない。
もう春だというのにまだ朝は気温が低く、息を吐けば白い蒸気が上がる。まるで自分が汽車になったかのような錯覚を得ながら、どんどんペダルを漕ぐ足を加速させていった。
今日は以前のような失敗を犯さないように、あらかじめ学校の開く時間を聞いてそれに合わせて家を出てきた。平日と違って持ってくるものも比較的少ないため、さほど準備出て惑うこともなかった。
しばらくして、学校が見えてきた……と同時にさらに加速。一分でも、一秒でも早く練習がしたい。体の中で熱く何かが燃えたぎり、それが原動力となって俺を動かしていた。
長い長い坂道を登り終え、ややドリフト気味に駐輪場に自転車を止める。まだ他の人は来ていないのか、駐輪場も学校もがらんとしていた。
「……っよし!」
幸いにもドアが開いていたのでそこから侵入し、上履きに履き替えた。トントンと調子を確かめてからその場を爆ぜる様に蹴って音楽室へ向かっていく……といっても膝の後遺症があるので、長い事維持するのは不可能だ。自転車を漕いできたせいもあって、二階のあたりで膝の力が抜けた。
「……クソ」
ずるずるとゾンビのように足を引きずりながらも音楽室へと向かっていく。不思議と痛みはない。脳内麻薬が出て、痛みを緩和しているのだろうか?
階段に備え付けられている手すりの力を借りつつ、四階まで昇り――チューバのいる部屋のドアを勢いよく開け、
「よう。相棒」
愛しき愛器へと声をかけた。誇らしげに、悠然とたたずんでいるその姿は正直憧れる。
「……っしょっと」
留め金を外し中から取り出して傍に置き、そのまま身を伸ばしてマウスピースをとって装着。我ながら完璧な所作だった。
手始めにまずは軽く吹くと、やや厚みのある音。次は少し強め。勢いのある音。最後は最大音量。轟音。
「あ……しまった」
確か……教本には「最初はマウスピースで練習すべし」と書いていた。基本に忠実にやらなければ、上達は見込めない。オリジナルの方法など、まだまだ先の話だ。
「悪かったな。許してくれ」
相棒に謝罪を告げ、椅子を持ってきてそこに座る。スタンドをセットし、姿勢を正した。そしてようやく大きく息を吸い、マウスピースに息を吹き込んでいくのだが……これが何ともいえないほど地味である。
チューバを使っている時は気持ちいいのだが、マウスピースだけだとどうにも味気ないというか……何というか少し物足りない気がする。
結局その原因もわからないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。




