四話目
あれからどれぐらいの時間が経っただろう。俺はすっかりチューバを吹き込んでいた。まだまだだとは思うけど、音もしっかり出て来ている。これは……才能があるのでは?
「そろそろ終わりだよ」
と、そこでドアの方から部長の声。見るともう演奏が終わっていて先輩たちは一列に並んでいる。一年生もそれに向かい合う形で並んでいた。
「あ……! すいません、今行きます」
内心焦りつつもそっとチューバを置く。そして小走りで向かい一年生の列の端に並んだ。先輩たちは自分達の楽器を構えてこちらを見ている。まるで軍隊のように背筋がまっすぐ伸びていた。
「じゃあ、まず新一年生のみんな。今日は見に来てくれてありがとう」
先生の言葉に俺たち一年は頭を下げる。先生はにこにことした表情を崩さずさらに告げた。
「俺たちはこうして演奏をしているわけだけど……はっきり言って人手不足だ。特にこんな田舎の学校だとね」
そう――俺の入る学校は長崎県の小さな島の高校だ。当然生徒数も馬鹿みたいに少ない。だから一人でも多く入ると嬉しいのは俺でもわかっている。
「今の編成としてはフルート、アルトサックス、クラリネット、トランペット、それとパーカッション。で、もし君たちが入ってくれたらトロンボーンとチューバが加わるわけだ」
俺以外の新入生は全員中学から楽器をやっていた。ちなみにそいつらもこの島で育った仲間であり、俺はそのうちの一人から誘われたわけだが。
「ま、固いことは置いといて本当にありがとう。入ってくれるかどうかはこの際どうでもいいとして、来てくれてうれしかったよ」
その言葉に先輩たちも一様にうんうんと頷く。運動部と文化部ということであまり接点はなかったが、どうやらみんないい人そうで一安心だ。
「本当なら明日も来てって言いたいところなんだけど……ちょっと明日から忙しくなるから見学は入学式の後までお断りさせてもらうよ? ごめんね」
「まぁ、入学式には演奏するから楽しみにしておいてよ」
意味ありげに笑う部長と先生。後ろの先輩たちもにやにやとこっちを見ていた。何かサプライズでもあるのかな?
「それじゃ、お疲れ。後は俺たちで片付けしとくから今日は帰っていいよ」
「ありがとうございました」というバラバラの唱和の後、一年生たちは帰り支度を始める。そして帰り際にもう一度礼をしてから俺たちは体育館を後にした。
「どうだった? 樫井?」
「なかなか楽しかったよ。もう入ろうかな?」
隣にいる女子――俺を誘ってくれた榊原燐に返事を返す。ちなみに彼女は中学の時パーカッションを担当していて部長もしていた才女だ。当然のごとく学業も優秀で彼女には俺も一目置いている。
「いいじゃん、レイ。もう入っちゃいなよ」
「他人事だと思って……軽く言うな」
横からにへら~という笑みを浮かべてきた男子――小坂虎之助を軽く睨みつける。だが彼はそれすらも笑って受け流した。
トラは中学の時トランペットをやっていた。家にもトランペットを所持しているらしくそれ相応の実力者である。またにわかには信じがたい話だが、トラは耳コピで好きなアイドルグループの曲を全部演奏したらしい。
「そうだよ。でも、樫井が入ってくれたらたぶんみんな喜ぶと思うけどね」
ひときわ背の高い女子――観音崎千尋の言葉に俺以外のみんなが頷く。彼女は中学時代トロンボーン奏者として活躍していた。噂では部内でも一二を争う実力者で副部長の座についていたとか。
というか……このそうそうたる顔ぶれにど素人の俺が入るのはいささか気がひける……それも入部をためらう原因の一つだった。
「ま、でも樫井の人生は樫井のものだからさ。好きにしたらいいと思うよ」
「そうだよ。他の人のこととか考えないで自分の意思で決めるべき」
凛と千尋がうんうんと頷く。確かに二人の言うとおりだ。俺の人生だから俺が決める。もちろん答えは……イエスだ。
「でもレイが入ってくれると嬉しいのは本当だけどね?」
「また……トラはいつも一言多い」
千尋に諭されトラは肩をすくめて笑う。その姿はさながら年の離れた弟と姉のようだ……まあ二人とも同学年なんだが。
「俺は入るつもりだよ。吹いてて楽しかったし、もっと吹きたいと思った」
「そう、よかった。ところで千尋? チョークスリーパー解かないとトラ死ぬよ?」
「大丈夫大丈夫。オチるだけだから」
「そういう問題!?」
ハハハと笑いながら千尋は拘束を解く。トラは苦しそうに何度もむせ、浮き出た涙を拭っていた。そして凛はというと……千尋に注意しながらも口元にうっすらと笑みを浮かべている。なんというカオスだ。
……大丈夫か? この部活。
胸に一抹の不安を抱えながらも……その日の見学は幕を終えた。次は三日後。入学式を待つのみだ。




