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三十六話目

 ……楽器を片付けるとすぐ教室に向かい、席に着いた。やはり早く来すぎたせいで教室には誰の姿もない。ため息をついて自分の席に腰掛け、借りてきたチューバの教本を開いた。

 どうやら俺が知っているよりもこの楽器は奥の深いものらしく、同じチューバと言ってもいくつか種類があるそうだ。ピストンタイプ――今うちにあるような垂直になっている弁を押すタイプやロータリータイプ。これは管の前面についている弁を押すタイプだ。他にもフロントアクションといったロータリー式のピストンタイプもあるらしい。男としてはこんなにカッコいい名称を並べられると……少し燃える。

「……しっかし……すごいな」

 俺が驚いたのは、そのメーカー数だ。せいぜい数社ぐらいだと思っていたが……とんでもない。この教本に載っているだけでも十社以上あり、載っていないのも含めたら両手では足りないだろう。その中でも格付けのようなものがあるのだから、つまりはピンきりということだが、それでもすごい。

 だが、一番驚いたのはその役割だ。てっきり武骨で、地味で、不格好な楽器だから、扱いもひどいのかと思ったが、全然そんなことはない。むしろ逆だ。

 吹奏楽バンドにとってなくてはならない純粋な低音楽器であり、その圧倒的な大きさから繰り出される音量があるからこそ他の音が支えられる。そして何より異名がカッコいい。通称『影の帝王』……まぁ、少し中二っぽい異名だ。決して目立つことはないが、裏でバンドを支配する――まさに言いえて妙である。

 すっかりその世界に引き込まれていた俺は、先生が声をかけてくれるまで入ってきたクラスメイト達の存在にも、当然鳴り響いた始業のチャイムにも、気づくことができなかった。


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