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三十五話目

「……何々? 背筋は伸ばして姿勢よく……頭を誰かに引っ張られているような感覚で……?」

 目の前に置いてある教本を見ながらチューバを構えなおす。ほとんどすべての部活にあてはまるが、まずは基礎が大事だ。特に体の使い方は一番重要と言っても過言ではない。

「……あれ? なかなか難しいな……」

 まだチューバと上手く折り合いがつけられていないせいで体の位置がわからない。背筋を伸ばそうとすれば上手く口が合わなくなるし、かといってスタンドを調節すればいいというわけではない。

「う~む。これは大変だ」

 吹奏楽に関して言えば、姿勢はまず絶対条件だ。音の響きということに関してもそうだが、何より人に見られるのだ。無様な姿勢で演奏しようものなら、それだけでバンドの評価が下がることさえありうる。

 その後も何とか姿勢を強制しようとしたのだが……如何せん上手くいかない。音を出すよりももっと大事な段階を忘れていたことを軽く後悔した。

「……誰かいるの?」

 と、そこで音楽室の外から聞こえる誰かの声。ちらとその方向を見ると、そこには先生の姿が。

「あっ……おはようございます!」

「おはよう。自主練かい?」

「はい! 一日も早く上手くなりたくて……」

 それを聞いて先生は嬉しそうに頬を緩める。やはり音楽に従事している人だから、こういった反応をされると嬉しいのだろう。

「あと……ちょっといいですか?」

「何?」

「演奏の姿勢のことで相談があるんですけど……」

「いいよ。構えてみな」

 頷きを返し、今の自分にできるだけのきれいな姿勢を保つ。スタンドはちょうど座った時に自分の膝の少し上ぐらいにセットしているので、マウスピースが自然な位置に来るのだ。……だが、先生は難しそうな顔をして首を捻り、

「まず……ちょっといい?」

「はい! お願いします!」

「うん。まず、足ね。そんな風に浮かせてたらダメだよ。踏ん張りがきかない」

 そして押される両足。グッと地面を踏みしめて前を向いた。

「それに並行して体を少し前に。背もたれに背が付くぐらいじゃだめだよ」

 同時に体を前に押し出される……すると不思議なことに少し楽になった。その分スタンドの位置がずれたが、これはまた修正すればいい。とにかく、今この姿勢が吹くのにはベストだと、直感的に理解した。

「チューバは最低音だからね。足でしっかり大地を踏みしめて、体はなるべく前に出して背もたれには頼らないこと。自分が一本の大木になったように吹くといいよ」

 確かに先生の言うとおりだ。足が浮いていたから音に締りがなくなっていたし、きつくなるとすぐ背もたれにもたれて吹いていた。これではいい音は出せない。

「この形を忘れないように。姿勢には個人差があるから、後で……いや、三年後とか慣れてきたときに改良しな」

「三年後……ですか」

「そうだよ。まずは基礎を叩きこんで、そこから改良する分には問題ないから。最初から我流だと、どうしても罠にはまりやすいしね」

 経験者は語る……といったところだろうか? おそらく音楽大学を出ているだろうから、過去にそう言った人を見たことがあるのかもしれない。

「それより……今日はレクリエーションの日だけど、こんなに早くからきて大丈夫?」

「……えっ?」

 れ、レクリエーション? 今日だっけ……?

「早めに今日は上がった方がいいかもね。俺たちも準備があるから」

「あ……すいません。片付けます」

「謝らなくていいよ。それは練習に対する冒涜にもつながるからね。せっかくやったんだから、胸を張らなくちゃ」

 そう言って自分の胸をドンと叩く先生……意外に精神年齢は俺たちと大差ないようだ。


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