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三十四話目

「行ってきます」

 朝はいろいろあったものの、なんとか時間通りに家を出ることができた。まだ時刻は朝の六時。空は快晴、気候は温暖。自主練をするにはもってこいの日だ。ついつい向かう足も軽くなってしまう。

「……少し走るか」

 グッと膝を曲げて準備運動をし、ゆっくりと走り出した。

 膝が使えなくなったといっても日常生活に支障があるわけではない。多少違和感はあるしスポーツは満足にできなくなったが、こうして軽く走る分には問題ないのだ。

 しばらくすると学校が見えてきた――まだ朝も早いので先生たちの車もなく教室の電気もついていない。そもそも学校自体が開いているのかどうかすら危うく思えてきた。走る速度を緩めて生徒玄関に向かうとやはり硬質な手ごたえ。どうやらまだ閉まっているらしい。

「……仕方ない」

 ため息をついて一階にあるベランダに通じている通路に向かう。もしかしたらそこなら開いているかもしれないと思ったからだ。コンクリでできた階段を一段一段昇っていき、ベランダに着くとすぐ音楽室の方に向かう。そしてドアの前で停止し深呼吸。

 ……開いてるといいが……。

 そっとドアに手をかけゆっくりと右に引くと――開いた。意外なほどあっさり、簡単に。

「……おいおい。鍵ぐらい閉めとけよ」

 そうは言ったものの、そのおかげでチューバに会いに来れたのだからあまり文句は言えない。そっと靴を脱いでベランダから出てチューバのもとに向かう。まだ朝早いので大きな音は出せないかもしれないが、それでも十分だ。

「ただいま」

 ドアの向こうには黒い大きなケース。それに近寄り愛おしげに撫でる。ここに眠っている相棒を呼び起こすように。

「ほら、朝だぞ」

 留め金を一つずつはずしていくうちに徐々に露わになるその姿。輝くような金色で、誇らしげに佇んでいる相棒に頬ずりをするとやはり冷たい感触……だが、心には熱いものを感じた。まるで体の中で火が燃え盛っているような感覚に思わず苦笑した

「行こうぜ……相棒」

 勢いよく抱きかかえ、一層強く抱きしめる。

 嗚呼……やはり……重い。


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