三十一話目
家のドアの前に着くや否やすぐに深呼吸。今から交渉に出るのだ。少しばかり気合を入れておかなければ……。
「よし……行くか」
拳を打ちあわせてドアを開く。するとすぐにエプロンをつけた姉さんが目に映った。
「おかえり。遅かったね」
「うん……姉さん」
「何?」
「ちょっと話があるんだけど」
とたんその顔が厳しく歪められた。改めて深呼吸をして臍の下に力を込めて口を開く。
「俺……吹奏楽部に入りたい。それで、明日から朝練に行こうと思う」
「レイ……本当に入るの?」
この対応も予想していた。中学の時あれだけ迷惑をかけたのだ。この心配の仕方も頷けよう。だが……引くわけにはいかない。
「大丈夫。今度は……」
「今度は? その自信はどこから来るの!?」
詰め寄ってきた姉さんに制服を引っ張られ、無理やり中に入れられる。そしてドアを閉めてから――
「中学の時のことだってまだ引きずっているんじゃないの!? もう嫌なの! 私はレイが傷ついていくのを見るのが!」
吠えるように叫んだ。その目には涙が浮かんでいる……が、
「確かにそうだったけど……もう俺は違うんだ」
「だからその自信は? どこから来るの?」
姉さんは意外と頑固だ。特に家族のことに関しては一度決めると譲るということがなかなかない。でも……でも……!
「お願い……姉さん。一度夢を見失ったけど、新しくそれが見つかったんだ。だから……許して」
「な……っ!」
姉さんが息をのむ音が聞こえてきた。それもそうだろう。俺は今地に頭をつけた――いわゆる土下座のポーズをとっているのだから。
「頼む。姉さん……この通り」
額に泥が付くのも構わず頭を下げる……これでもまだ足りないくらいだ。
「そこまでやりたいことなの? その……サッカーよりも」
「……そうだよ。生きがいを無くした俺に光が見えたんだ。やりたいと思ったんだ。もっと……上手くなりたい、上に行きたいって思えたんだよ」
「……」
頭は上げず、ひたすらに地面にこすり付ける。すると――姉さんの口からため息が漏れた。
「いいよ。負けた。やっていいよ」
「いいの?」
「だってそこまでやりたいんでしょ? だったら私はそれを応援するよ」
「ありがとう……姉さん」
「もう……泣いてるの? 相変わらず泣き虫なんだから……ほら、立って」
ぐしぐしと顔を拭って立ち上がる。姉さんはにっこりとこちらに笑いかけていた。
「実はね。厳しく当たったのも、レイの覚悟を試すためだったんだ。この程度で諦めるぐらいなら最初からやらない方がいいしね」
「……そうだったの?」
「うん。でも、ちゃんと考えてのことってわかったからいいよ」
ケロッとした感じで笑う姉さん。我が姉ながら恐ろしいまでの演技力だ。
「まぁ、堅苦しいのはそこまでにしてさ。ご飯にしよ? おなかすいたでしょ?」
それの返答というように響き渡る腹の虫の鳴る音……もちろん音源は俺の腹だ。苦笑すると姉さんは満面の笑みを向けてくれる……やはり、俺の自慢の姉だ。




